バイオセ−フティマニュアル |
|
|
|
はじめに わが国では平成14年に全国で32,828人の新規登録結核患者があり,そのうち2,316人が結核で死亡している。結核は,単一病原菌による死亡原因の第一位疾患であり,今も高齢者を中心に発病者が多く,日常診療で最も良く遭遇する感染症の一つである。このため医療従事者は,結核専門病院のみならず一般病院においても結核菌に曝露される機会が多く,一般市民に比べ結核発病率が高い。そして,その中でも検査技師の結核発病率は看護師に次いで高く,検査現場での結核感染防止に関する安全対策は重要である。 さて,近年の結核菌検査には,従来の直接塗沫ならびに小川培地を用いた培養検査だけでなく,集菌塗沫や液体培地を用いた培養法あるいは結核菌の遺伝子を検出する核酸増幅法検査などの新しい検査が次々と登場し,既に日常診療に取り入れられている。ところで,一般に結核菌検査室や病理検査室などでの結核感染は,臨床検体を処理する際に生じるエアロゾルに含まれる結核菌を吸入することによって起こる空気感染(飛沫核感染)である。上述の新しい検査は従来の検査に比べ臨床検体に含まれる結核菌がエアロゾル化する操作が多く,検査技師の結核感染の危険性が高い。このため結核菌検査を安全に行うためには,安全キャビネット導入などの施設面での整備だけでなく結核に関する正しい知識を持って感染防止対策を講ずる必要がある。 しかし,わが国には結核菌検査の安全対策に関する公的指針はない。そこで,日本結核病学会,日本臨床微生物学会ならびに日本臨床衛生検査技師会が共同で結核菌検査に関するバイオセ−フティマニュアルを作成した。このマニュアルが検査現場で広く利用され,わが国の検査施設等での結核感染防止に少しでも役立つことを切望する。 2004年 5 月 |
日本結核病学会 抗酸菌検査法検討委員会 |
総 論 ![]() |
微生物検査を行う場合に守らなければならない一般的な注意を総論として整理した。これらの多くは「病原細菌に関するバイオセ−フティ指針」(日本細菌学会,2002)1)に明記されており,微生物検査を実施する際に遵守すべきは基本的な事項である。微生物のなかでも特に結核菌は危険度の高い細菌であり,新 結核菌検査指針20002) に準じ検査を進める上で,以下の事項には熟知していなければならない。 |
1.バイオセ−フティ指針 ![]() |
検査室でのバイオセフティで問題となるのは微生物による感染症である。バイオセ−フティは職業上の安全を第一とする概念であるが,検査室で扱う病原体は一般社会環境へ伝播しやすいことから,公衆衛生面からも重要な意味を持つ。検査室では,患者検体,細菌の液体培養,固形培地上の集落,細菌の浮遊液などさまざまなものが感染源になるが,原則としていずれの場合にもそこに病原体が存在することが予めわかっている。病原体は検査室内で発生したエアロゾルによって容易に人体内に侵入する。特に,結核は自覚症状が現れるまでの期間が長いためにバイオハザ−ド対策の最も困難な病原体として位置付けられている。以下に示すバイオセ−フティ指針は,結核菌などの危険度の高い病原体を扱う実験室(検査室)の安全を確保することを目的に定められた。 |
1) バイオセ−フティについて 病原体取扱い者にとって,バイオセ−フティに関する重要事項は,検査室内における作業従事者の感染防止と,病原体を外に出さないことである。病原体によるバイオハザ−ド,とくに検査室内感染防止の第一は,病原体取扱い実技の訓練と教育である。しかし,いかに取扱いに熟練していても,エアロゾル感染,飛沫感染などは特別の配慮と設備なしには防止できない。したがって,病原体のバイオセ−フティレベルを認識し,それぞれのレベルに応じた防止対策が必要になる。 |
2) 病原細菌のバイオセ−フティレベル 日本細菌学会の指針1)では病原細菌を危険度の低い方から高いほうへバイオセ−フティレベル1,2,3の3群に分類し,それぞれの群に適用される取扱法を定めている。 |
(1)バイオセ−フティレベル1 このレベルの菌は健康な成人に感染症を起こすことはまずないが,種々の原因で感染防御機能が低下した個体,すなわち易感染性宿主compromised hostにいわゆる日和見感染症を起こす可能性があるものである。このような細菌種の数は今なお増えつつある。 |
(2)バイオセ−フティレベル2 健康人に感染症を起こす能力を持ち,その危険度が軽度ないし中程度であるもの。エアロゾル感染の危険性は高くないが,とくに大量に発生した場合を中心に警戒が必要である。感染は主に事故(針刺しなど)による接種,粘膜や傷のある皮膚との接触,経口摂取によって起こる。 |
(3)バイオセ−フティレベル3 感染菌量が小さいため感染性が高く,重篤でしばしば致死的な感染症を起こすもの。エアロゾルが危険であり,人体への侵入はエアロゾルの吸入により経気道的に起こるものが多い。しかし病原体によっては,経口感染,結膜その他の経粘膜感染が重要で,エアロゾル発生による手指などの汚染が原因となることもあり得ると考えられる。 |
3) 抗酸菌のバイオセ−フティレベル 非結核性抗酸菌のほとんどの菌種はバイオセ−フティレベル2に分類され,結核菌群に属する5菌種はバイオセ−フティレベル3に分類される(表1)。 |
附.ヒトに対する起病性別にみた培養可能な抗酸菌を表2に示した。 |
4) 各バイオセ−フティレベルの病原体の取扱いについて 各バイオセ−フティレベルの病原体を取扱うには以下のような条件のもとで扱うことが決められている。 |
(1)レベル1の病原体 @通常の微生物学実験室を用い,特別の隔離は必要ない。 A一般外来者の立ち入りを禁止する必要はない。 |
(2)レベル2の病原体(非結核性抗酸菌の各菌種) @通常の病原微生物学実験室を限定した上で用いる。 Aエアロゾル発生のある実験は生物学用安全キャビネットの中で行う。 B作業中は一般外来者の立ち入りを禁止する。 |
(3)レベル3の病原体(結核菌群の各菌種) @廊下の立ち入り制限,二重ドア(自動が望ましい)またはエアロックにより外部と離された実験室を用いる。 A室内の壁,床,天井,作業台等の表面は洗浄および消毒可能な材質・構造とする。 B排気系を調節により,常に外部から室内に向かって空気が流れるようにする。 C実験室からの排気は高性能(HEPA)フィルタ−で除菌してから大気中に放出する。 D実験は生物学用安全キャビネットの中で行う。 E作業職員名簿に記載された者(または施設長に許可された者)以外の立ち入りは禁止する。 |
3.安全キャビネット ![]() |
抗酸菌検査は安全キャビネットを備えた検査室で行わなければならない。安全キャビネットは危険な微生物を封じ込め,キャビネットの外に出さないよう設計されている。しかし,正しい使用法を用いないと汚染事故などを起こす危険がある。装置の原理をよく理解し,決められた使用法を守らなければならない。なお,安全キャビネットとよく似た装置にクリ−ンベンチがある。クリ−ンベンチは機械の内部の作業スペ−スは無菌になるように設定されている。しかし,作業スペ−スで発生するエアロゾルなどは術者に向かって外部に漏れてくる。このようにクリ−ンベンチは無菌環境で作業が出来ても,作業者の安全を守る病原体などを機械の内部に封じ込める機能はない。クリ−ンベンチは決して微生物検査に用いてはならない。 |
1)概要 クラスTとクラスUのキャビネットには,いずれも前面の開口部(物と作業者の腕を出し入れする)から内部に向かう気流が存在し,内部で発生したエアロゾルが外部へ(作業者に向かって)漏れることを防ぐ仕組みになっている。この防護機能に関しては両者の間に大差はない。両者の主な違いは,実験材料を空気中の雑菌による汚染から守る機能の有無にある。すなわちクラスTのキャビネットでは,作業台の上を前面開口部から入った空気が流れるが,クラスUでは除菌フィルタ−(HEPAフィルタ−)を通過した気流が作業台上を洗い,開口部から流入した空気はすぐに(作業台の前後部で)下に吸い込まれる構造になっている。言い換えれば,クラスUにはクリ−ンな機能が付加されている。結核菌検査室では,「クラスUA」より「クラスUB」の“全排気型”安全キャビネットを使用することが望ましい。(図1)。 |
2)使用上の注意 安全キャビネットの使用上大切なことは,設計で想定された空気の流れを乱さないことである。内部でガスバ−ナ−を勢いよく燃やしたり,大きな物体あるいはあまりに多くの物品を持ち込んだりすると,本来の機能が発揮されず危険である。遠心機などを持ち込む必要が生じても,なるべく小型のものを,気流を乱さない場所を選んで置くように心がけなければならない。 |
3)エアロゾル 安全キャビネットを使うからといって,操作が乱暴になってはならない。エアロゾルの発生が多いと,たとえキャビネット外へのエアロゾルの漏出による呼吸器感染は防ぐことができても,キャビネット内での表面汚染(とくに手指(手袋),その他実験衣,ガラス器具,ピペット等々)が増え,汚染物がキャビネット外に出たあと経口感染,結膜や鼻粘膜経由の感染につながる。安全キャビネットによる防護にも死角があることを忘れてはならない。 |
4.エアロゾル対策 ![]() |
結核菌の感染防止対策として最も重要なことは,エアロゾル対策であり,この発生の基本原理は,液面が破れること(泡の破裂もその一つ)である。一般にエアロゾルを作りやすいとされる混合操作でも,vortex
mixerで液面を乱さないように混合すればエアロゾルの発生頻度が低いことが証明されている。 エアロゾル対策の第一歩は,エアロゾルが発生しやすい状況・操作を知ることであるが,その範囲は驚くほど広い。むしろエアロゾルが発生しない操作のほうが少ないと考えるべきでありエアロゾルに無頓着な操作は厳に戒められるべきである。 感染防止対策は,まず操作そのものをできるだけエアロゾル発生が少なくなるようにし,安全キャビネットを十分活用することである。同時に,検査室に入室する際は a) 専用の作業衣に着替え,その上に予防衣を着用し,b) N-95規格の高性能マスク(フィットテスト;資料2参照),および c) 手袋の着用を義務付ける。 |
1)エアロゾルが発生する実験操作 (1)白金耳を用いる操作 最も基本的な白金耳操作も重要なエアロゾル発生源となる。白金耳につけた菌液を寒天平板へ塗沫する際や,菌液をつけたままの白金耳を火焔に挿入することでもエアロゾルの発生が観察されている。特に,熱した白金耳を直ちに菌液に挿入して冷やすと,大量のエアロゾルが発生する。 |
(2)ピペット操作 菌液を別の容器に移したり,菌液と希釈液を吸引と排出の反復で混和する操作でもエアロゾルの発生があり,特にピペットから最後の1滴を噴出することにより泡ができると著しく増加する。さらに使用後のピペットは消毒液を入れた縦型または横置きの容器に捨てる際にもエアロゾルの発生がある。 |
(3)遠心操作 遠心操作は重要なエアロゾル発生源となり得る。すなわち,表面が菌液により汚染したロ−タ−の使用,遠心中の遠心管内容の漏洩または遠心管が破損した場合は大量のエアロゾルが発生する。 |
(4)注射器の使用 菌液をゴムキャップ付きバイアルから注射器で抜き取る,菌液の入った注射器を逆さに持って気泡を追い出すなどの操作はエアロゾルを大量に発生させる。 |
(5)超音波処理 非密閉型の装置で超音波照射を行うと大量のエアロゾルが発生する。 |
(6)ホモジネイト操作 組織などをホモジナイズする操作では,処理後,蓋をとると大量のエアロゾルが放出されるが,蓋の構造によっては運転中にもエアロゾルの漏洩がある。これは最も危険な操作の一つである。また,乳鉢による摩砕も同様である。 |
(7)凍結乾燥菌体の処理 乾燥菌体の入ったアンプルを折って開封する操作でもエアロゾルが発生する。 |
(8)その他 遠心した菌液の上清を他の容器に移し替える,培養液の入った試験管やフラスコの栓をはずす,菌液と溶解寒天培地をペトリ皿の中で混和(混釈培養)などの操作でもエアロゾルが発生する。 |
2)エアロゾル発生を少なくするために役立つ操作法 (1)ピペットから一定量の菌液を排出するとき,吹き出し型をやめ中間目盛ピペットを使用し,先を宙に浮かせず器壁につけるか液中にいれる。 (2)大きなル−プの白金耳は,液膜がはじけてエアロゾルが発生しやすいので使用しない。 (3)弾性が強すぎる針金で作った白金耳は,寒天培地への塗沫の際エアロゾルを作りやすいので使用しない。 (4)エアロゾルではないが,結核菌(抗酸菌)のように脂質の含有量の多い菌の菌塊が付いた白金耳を直接火焔に挿入すると,菌塊がはじけて飛散する。これを防ぐには,ネジ蓋付きの広口ビンまたは三角フラスコに砂または直径2〜4mmのガラスビ−ズを5cm位の深さに入れ,消毒用エタノ−ルを砂やガラスビ−ズの上層3cm位まで満たしたものを実験台に用意しておき,菌が付着した白金耳をその中に差し込んで菌をこすり落としてから火焔に挿入するとよい。一般の菌液についてもこの方法を採用すれば,エアロゾルの発生を防ぐことができる。エタノ−ルの代わりに5%のフェノ−ルやクレゾ−ルを用いてもよい。 (5)白金耳の焼灼に,カバ−付きバ−ナ−または電気焼灼器を用いる。 (6)多数の試料を扱う場合には必要数の減菌白金耳(またはディスポ−サブル製品)を用意することにより,安全かつ作業効率をあげることができる。 (7)注射器でゴム蓋付きバイアルから菌液を吸引したのち針を引き抜く操作の際に,アルコ−ル綿で刺入部を覆う。 (8)菌液を入れた注射器を逆さにして気泡を除く際に,アルコ−ル綿で針先を覆う。 (9)凍結乾燥菌体の入ったアンプルを折って開封するときにもアルコ−ル綿で覆う。 (10)遠心操作は,「バイオハザ−ド対策の施された遠心機」を使用する(図2)。 |
6.消毒および消毒薬の選択(表1,表2) ![]() |
「消毒」とは感染の危険がほとんどなくなるまで病原微生物を不活化する処置をいう。消毒は滅菌と比較して温和であり,芽胞の不活化はまったくできないか,たとえできても不十分である。また,熱処理でも100℃またはそれ以下の温度であれば,たとえ数時間加熱しても芽胞は死なないため滅菌ではなく,消毒である。
ふつう消毒は消毒薬と呼ばれる化学薬品により行われる。ところが消毒薬には多くの種類があり,微生物に対する殺菌スペクトル(有効範囲)が一様でなく,また,人体に応用できるものとできないものがある。万能消毒薬は存在しないので,目的に応じて適切な消毒薬を選択する必要がある。 |
1)一般の細菌に対する消毒薬 @消毒薬に対する細菌の抵抗性 細菌を消毒薬に対する抵抗性によって大まかに分け,強いものから弱いものへ順に並べると,「芽胞を形成している細菌」,「結核菌およびその他の抗酸菌」,「一般細菌」となる。 A消毒薬の種類と殺菌力の強弱 消毒薬の殺菌力の強さを表す目安として,米国では「強(high)」,「中(intermediate)」,「弱(low)」というスケ−ルが使用されている。大まかに言えば,「強」は上記のスケ−ルで最上位の芽胞でも時間をかければ不活化可能,「中」は芽胞を不活化できないが抗酸菌には有効,「弱」は無芽胞細菌とエンベロ−プを有するウイルスにのみ有効,という目安である。例外的なケ−スを除き,「強」に属する薬剤が必要な場合はほとんどなく,実際的には「中」以下で十分であると考えられる。 <強>……グルタ−ルアルデヒド <中>……消毒用アルコ−ル類,フェノ−ル系,塩素系,ヨウ素系消毒薬 <弱>……両性界面活性剤,クロルヘキシジン,逆性石鹸 |
2)抗酸菌に有効な消毒薬 抗酸菌に有効な消毒薬は意外に少なく,選択の幅が狭く限られている。また,消毒薬の選択にあたっては刺激性が少なく皮膚に使用できるかどうかも重要な要素になる。抗酸菌に有効で皮膚に使用できる消毒薬は,エタノ−ル系,フェノ−ル系,ヨウ素系に限られる。次亜塩素酸ナトリウムなど塩素系の消毒薬は金属に対する腐食性が強く,抗酸菌に対して効果が弱いため不適当である。 「消毒薬の抗微生物スペクトル」,結核菌の消毒を目的とした「対象別の主な消毒薬の濃度および作用時間」をそれぞれ 表1 と 表2 に示した。 |
@消毒用アルコ−ル類 アルコ−ル類の殺菌作用には水分の存在が必要であり,エタノ−ルは普通70〜80%濃度で使用されるが,この濃度範囲では殺菌効果に大差はなく,50%以下の濃度では殺菌作用が急速に低下する。培養した結核菌に対する70%エタノ−ル水溶液の殺菌作用時間は約5分程度と言われている。刺激臭があるがイソプロパノ−ルの50%水溶液もエタノ−ルの70%水溶液と同等の消毒効果がある。他方,メチルアルコ−ルは殺菌作用が弱く,毒性が強いために常用の消毒薬として使用されることはない。エタノ−ルの沸点78.3℃,イソプロパノ−ルの沸点82.7℃で,いずれも引火性の物質なので清拭時の引火に注意する。アルコ−ル類による消毒の作用機序は微生物のタンパク変性または凝固である。 |
Aフェノ−ル系消毒薬 フェノ−ル系消毒薬としては石灰酸とクレゾ−ル石鹸液があり,作用機序は細菌細胞壁の破壊と細胞質のタンパク変性である。いずれも排水規制のために現在,使用されていない。しかし,結核菌に対し殺菌力が強く,結核予防法でも結核菌の消毒薬として認められているので記載しておく。使用する場合は必要最小限度の使用に留めるべきである。 |
a)フェノ−ル(石炭酸:C6H6O)
フェノ−ルは消毒薬の中で最も古いもののひとつで,有機物存在下でも安定した消毒効果が得られるが,特有な臭気と皮膚刺激のために使用頻度が低く,組織毒性があるため皮膚消毒には使用できない。フェノ−ルは高濃度では細菌のタンパク質を凝固させ,低濃度では不溶性のタンパク塩を形成して変性を起こす。培養した結核菌に対する殺菌作用時間は,1〜2%フェノ−ル水溶液で5分前後,5%水溶液では30秒〜1分で死滅させる。一般的な使用濃度は1〜5%とされている。フェノ−ルは強力な殺菌力を有する反面,人体にも有毒なので,実験室で常用する消毒薬としては不適切であり,必要最小限度の使用頻度に留めなくてはならない。 |
b)クレゾ−ル(C7H8O)
クレゾ−ルには3種類の異性体があるが,殺菌作用にはほとんど差がない。クレゾ−ルはフェノ−ルよりも強い殺菌力を持つが,難水溶性なので石鹸と混和して易水溶性にしたクレゾ−ル石鹸液(saponated cresol solution)が用いられる。培養した結核菌に対する殺菌作用時間は,0.5%クレゾ−ル石鹸水溶液で60分,1%で45分,2%で10分,5%水溶液では5分で死滅させる。常用濃度は一般に1〜3%とされている。クレゾ−ル石鹸液もフェノ−ルと同様に,実験室で常用消毒薬として使用してはならない(排水規制)。 |
B両性界面活性剤 両性界面活性剤(アルキルジアミノエチルグリシン)は結核菌に対して有効な数少ない消毒薬の一つだが,フェノ−ルよりも効果が落ちるため,常用濃度(0.2〜0.5%に希釈)と作用時間(120分以上接触または浸漬)に注意しなくてはならない。(結核研究所では1%以上の濃度で使用)。本消毒薬は結核菌に対しあまり強くないので,結核菌検査に用いた器具など汚染が激しいと考えられるものでは,さらに高圧蒸気滅菌処理を施してから廃棄するとよい。両性界面活性剤では,陽イオンが活性能をもち,微生物細胞膜の変性を起こし,陰イオンは洗浄力を持つ。 |
C消毒用グルタ−ルアルデヒド アルデヒド基(-CHO)は細菌タンパクの活性基と反応し,強いタンパク凝固作用をおこすために,強力な殺菌作用を示し,その他,DNA合成阻害,細胞壁の障害作用もある。消毒用アルデヒドとして用いられているのはホルムアルデヒド(CHOH)とグルタ−ルアルデヒド(OHC(CH2)3CHO)であるが,ともに特有の臭気があり,眼や気道粘膜を刺激する。殺菌力はアルデヒド基の化学的活性が増すアルカリ性のほうが強い。 病院等で「使用後の内視鏡の消毒洗浄処理」に用いられるのは,3〜3.5%グルタ−ルアルデヒドのアルカリ性水溶液の中に1時間以上浸漬する方法である。消毒用グルタ−ルアルデヒドのアルカリ性水溶液は約2週間継続して使用可能とされているが,使用直前に緩衝化剤(重炭酸ナトリウム)を添加した後は溶液が不安定となり,消毒薬としての抗微生物活性が経時的に低下する。1週間に1回,新しい消毒液を調製して使用するのが望ましい。 消毒薬として一般に常用されるグルタ−ルアルデヒドの濃度は2〜2.25%であるが,この濃度では一部の非結核性抗酸菌(M.abscessus, M.chelonae等)に対する殺菌効果が不十分な場合のあることが知られている(結核研究所では3〜3.5%濃度で使用)。 |
3)消毒薬の廃棄処理 @手洗いの排水の滅菌処理 バイオハザ−ド実験室の日常の手洗い等による(消毒薬を含む)排水は,自動的に専用の貯留タンクに集められ,定期的に高圧蒸気滅菌を施して廃棄処理される。 |
A使用済み消毒薬の廃棄処理 使用済みの消毒薬は,その都度,特定の専用容器に移して貯留・密封し,廃棄物の専門業者に処理を依頼しなくてはならない12)。また,バイオハザ−ド実験室で使用した「有毒な有機溶媒や薬物」等を廃棄処理する場合にも,同様の措置が必要となる。 |
3.微生物検査時における注意点 ![]() |
結核症が疑われる検体を微生物検査室で取扱う場合には,以下の院内検査を行う条件を満たさなければならない。さらに注意すべき点は,結核意外の呼吸器感染症を疑って喀痰などの検体が提出された中にも結核菌が含まれている可能性があり,標準予防策の概念を念頭に置き,微生物検査に提出されたすべての検体の取扱には最善の注意を払う必要がある。したがって,微生物検査室にはバイオセ−フティ対策上の観点から安全キャビネット(クラスUa以上)の設置が必須である。また院内で結核菌検査を行うことができずに検体を外部の施設に輸送する必要がある場合は,上記2.輸送・保存方法に準ずる。 |
1)院内検査を行う際の基本的条件 (1)安全キャビネット(クラスUa以上)があること。 (2)遠心操作の必要がある検査は,バイオハザ−ド対策用遠心機の設備があること。 (3)検査者は感染防止のため,N95マスク,手袋,予防衣を着用する。 (4)検体などが飛散する危険がある場合は,必要に応じゴ−グル,キャップ,シュ−カバ−を着用する。 *上記の設備がない場合は,検査センタ−などに検査を依頼する。 |
2)検体受付 (1)受付者はN95マスク,手袋,予防衣を着用する。予防衣は防水性ガウンを用いる。 (2)検体容器の破損や検体の漏れ等がないことを確認する。万一,漏れを発見した場合はその搬送容器に入れられていたすべての検体について容器の外側および搬送用容器の内部を消毒する。 (3)受付番号や材料の外観等を記録する。 (4)受付作業終了時,作業台は消毒薬(消毒用エタノ−ルなど)を浸したペ−パ−タオルで拭き取る。 (5)コンピュ−タ−端末機のキ−ボ−ド,マウスの表面などはアルコ−ル綿で消毒する。 |
3)検体の前処理 (1)検体の遠心 遠心に用いる遠心管は,必ず使用の前にキズやひび割れなどがないことを確認しておく。検体の遠心は,バイオハザ−ド対策用遠心機を使用する。遠心後のバケットの開封は,安全キャビネット(クラスUa以上)内で行う。万一,遠心管が破損していた場合は,遠心機内とバケットなどを消毒用エタノ−ルなどで厳重に消毒する。 |
(2)喀痰の均質化,組織のホモジナイズなど 以下の操作はすべて安全キャビネット(クラスUa以上)内で行う。喀痰均質化時のボルテックスミキサ−による攪拌操作,組織のホモジナイズなどは密閉容器の中で行う。エアロゾルによる汚染を防ぐため,均質化後は直ちに容器を開封してはならない。20〜30分放置してから開封する。使用済みピペットやピペットチップ類,遠心上清などは,高圧蒸気滅菌後に廃棄する。 |
4)塗沫標本,培養・同定検査,薬剤感受性検査 塗沫標本の作製,培養・同定検査,薬剤感受性検査は,安全キャビネット(クラスUa以上)内で行う。液体培養や菌液を取扱う際には,容器の破損,落下,転倒などの事故に備え,消毒薬を含ませた紙タオル等を敷いたトレイの中で作業を行う。病原体が付着している可能性のある物体,血液その他の検査材料などを取扱う場合には,必ず手袋を着用する。この場合,操作が終わった段階で手袋の表面は汚染されていると考えなければならない。他の操作に移る場合は手袋を外してから行う。手袋のはずし方は汚染された表面を包み込むように裏返してはずす。 |
(1)塗沫標本の作製 塗沫標本の作製は安全キャビネット内で行う。火炎滅菌によるエアロゾルの発生を防ぐために,ディスポ−サブルの白金耳を用いて均質化した検体から塗沫標本を作製し,火炎滅菌せずに直接消毒薬を入れた汚物缶に捨て,まとめて高圧蒸気滅菌後に廃棄する。作製した塗沫標本は,安全キャビネット内で自然乾燥させた後,メタノ−ルで固定するか,もしくは病理組織用のパラフィン伸展器を用いて固定すれば,バ−ナ−による火炎固定をする必要はない。 |
(2)培養・同定・感受性・遺伝子検査 培養・同定も原則的に安全キャビネット内で行う。前処理検体を培地へ接種する場合は,できるだけエアロゾルの発生を抑えるようにピペット操作に注意する。培養陽性菌株の染色確認時や同定などの検査を引き続き行う場合には,培地のキャップを開閉する操作が必要となるが,キャップの裏側や培地中に気泡がないことを確認し,エアロゾルを発生させないように注意して行う。 結核菌検査の中でも,同定と感受性検査は濃厚な菌液を用いるのでエアロゾル対策が非常に重要である。同定には生化学的性状を利用するものと,遺伝子を利用するものに分けられるが,前者は活性の純培養菌を用いるので,すべての操作は安全キャビネット内で行い,後者は培養菌を溶菌した時点で感染性がなくなるため,抽出された遺伝子は安全キャビネットで操作する必要はない。遺伝子検査を実施する場合は,基本的に試薬調整/増幅準備室,検体処理室,増幅産物測定室の3つの遮断された部屋が用意できれば理想的である。各部屋で使用する装置,器具,作業衣などは専用とする。 薬剤感受性検査は接種菌液の調製が重要で,いかに均質な菌液を調製することができるかによって成績が大きく異なる場合がある。結核菌などの抗酸菌の特性上,均質な菌液を調整することは容易ではなく,検査者の熟練した技術を要する。原則的に均質な菌液を調製するには,物理的に菌塊をすりつぶすことが一般的に行われている。非常に危険を伴う作業のため,できるだけガラスビ−ズなどを入れてボルテックスミキサ−で激しく攪拌するような作業は避けた方がよい。代わりに液体培地に菌塊を入れ,一夜35℃で培養後,滅菌綿棒などで試験管壁で菌塊をこすりつけることにより容易に菌液調製が可能であり,エアロゾルの飛散が少なくてすむ。 万一,安全キャビネット内や検査室内で菌株の破損や大量のエアロゾルが発生する事故が生じた場合については,5.突発的な汚染事故に対する処置,6.緊急時におけるバイオハザ−ド対策の項を参照のこと。 |
5)臨床分離抗酸菌株の保管 臨床分離抗酸菌株は決められた場所(冷蔵庫など)に,外部への汚染を避けた方法(試験管台に立てて密閉出来る缶にいれるか,または密閉できるプラスチック容器に入れる)で鍵をかけて保管する。これらの菌株の室外持ち出しは原則として厳禁とする。臨床分離抗酸菌株は使用回転が早く常時破棄されていくが,これらの保存期限終了後はその日のうちに滅菌を済ませるのが原則であり,それが不可能な場合には「未滅菌」の標識を明示し,安全性を確認してから翌日に滅菌する。こうした措置は,夜間などにおける火災,地震などの災害対策にも必要で,抗酸菌の逸出を防止するための社会的責任でもある。この際の高圧蒸気滅菌は通常の滅菌条件よりも長時間行うほうがよい。滅菌器の大きさにより条件が変わるが,通常のものでは121℃,2気圧,30〜40分行う。 |
6)検査済み検体の保管および廃棄 (1)検体は検査が終了するまでは4℃で保管(1週間以上の検体保管は-60℃以下)し,成績提出後は高圧蒸気滅菌で滅菌後廃棄する。 (2)使用済みの器具などの消毒薬に浸漬したものは高圧蒸気滅菌を行った後に廃棄する。 (3)塗沫標本などのスライドガラス類は,高圧蒸気滅菌後に廃棄する。 (4)使用済み培地で菌の発育がみられなかったものは高圧蒸気滅菌後,廃棄する。 |
7)防護具の脱着および廃棄方法 (1)手袋をはずす。 (2)速乾性消毒薬で手指を消毒する。 (3)使い捨てガウンを脱ぎ,汚染部分(おもての正面部分)を包み込み,裏面(清潔部分)がおもてに出るようにたたむ。 (4)N95マスクをとる。 (5)衛生手洗いを行うかまたは速乾性消毒薬で手指を消毒する。 (6)N95マスク,手袋,ガウンは高圧蒸気滅菌後に廃棄する。 |
8)作業終了時の注意点 (1)安全キャビネット内での作業を終了または中断してキャビネットから両手を抜き出し次の動作に移る際には,消毒用アルコ−ル等で手袋の上から両手を十分に消毒してから安全キャビネットを離れる。 (2)安全キャビネットを使用後は,必ず消毒用エタノ−ルなどの消毒薬でキャビネット内部を消毒し,殺菌灯をつけておく。 (3)退室時は手袋を脱いで,手指の消毒を行う。 (4)バイオハザ−ドの領域から出るときは,「殺菌灯を点灯」してから退出する。 |
4.微生物検査以外の検査時の注意点 ![]() |
1)患者検体を扱う場合 微生物検査では,一般的に直接患者と接しないため検体および検査時の感染に注意を必要とするが,微生物以外の患者検体検査(血液,臨床化学,免疫学的検査など)においては直接患者と接するための注意が必要である。しかし,結核患者と判明している場合は良いが,疑いを含めたその他の患者と接する場合は十分な配慮が必要である。 |
(1)検体受付 3.微生物検査時における注意点の項に準じる。 @受付担当者は手袋を着用し,検体容器の破損や検体の漏れがないことを確認する。 A万が一に検体容器の破損や検体の漏れ等があった場合には,必要に応じて消毒を行い,細菌検査担当者に連絡する。 |
2)患者自身を検査する場合(生理機能検査) (1)生理検査で結核患者(または,結核疑い患者)を検査する場合には患者にはサ−ジカルマスクを着用してもらい,検査担当者はN95マスクを着用する。患者の測定が終了した後,室内の窓を開けるなど換気を行う。 (2)肺結核患者の喀痰など気道分泌物に触れた場合は手指消毒を行い,直ちに石けんと流水で衛生手洗いを行う。(その他,腸結核患者では糞便,腎結核では尿が対象となる。) (3)患者の気道分泌物などでリネン類が汚染された場合には汚染部位を消毒薬で十分消毒し,新しいものと交換する。 |
3)剖検 病理解剖に関する一般的な感染防止対策については,標準予防策の概念に則って実施すれば十分である。詳細については,日本病理学会ガイドライン(業務委員会編)や病理解剖マニュアル(分光堂)を参照されたい。ここでは,特に活動性肺結核症の剖検における結核菌感染防止対策に必要な項目を以下に示す。 |
(1)カルテやX線写真などは剖検室に持ち込まない。 (2)ツベルクリン反応陰性者には剖検を担当させない。あるいは,気づいた時点で速やかに執刀を交代する。 (3)見学者の立ち入りを原則として禁止する。あるいは,直ちに退場させる。 (4)原則として解剖衣(防水エプロンを含む)は,ディスポ製品を使用する。 (5)N95マスクを着用し,できる限り感染防止用ヘルメットを着用する。 (6)解剖作業はできる限り解剖台上で行い,体液や洗浄液を飛散させない。 (7)摘出した肺にホルマリンを経気管支注入する。 (8)病変の切開・スライド作製は必要以上に行わない。 (9)病変部からの新鮮凍結切片作製は厳禁である。どうしても必要な場合は,パラホルムアルデヒド液による固定後に行う。 (10)骨結核や粟粒結核では,ストライカ−を用いずにノミなどでサンプリングするか,ストライカ−にビニ−ル袋をかぶせて骨片を飛散させないように注意する。たとえ吸引装置付きのストライカ−を用いた場合でも,決してその性能を過信してはいけない。 (11)臓器の写真撮影は,十分なホルマリン固定後に行う。 (12)剖検記載用紙などが血液・体液で汚染した場合は,新たな用紙に再記述する。やむをえない場合は,汚染部分をマ−クして次亜塩素酸ナトリウムで消毒する。 (13)使用後の器具類の消毒は,次亜塩素酸ナトリウムでよいが,グルタ−ルアルデヒド溶液への浸漬か,高圧蒸気滅菌処理がより望ましい。できる限り,ディスポ器具を利用する。 (14)剖検終了時の遺体運搬用ストレッチャ−の搬入は,床の洗浄・消毒後に行う。 (15)剖検終了後,剖検者と立合者は必ずシャワ−を浴び,丁寧に洗髪する。 (16)使用後のマスク,手袋,肘当てなどは専用の容器に収納し,シ−ル後に焼却する。 (17)剖検終了後,次の剖検までに十分な換気を行う。換気口のHEPAフィルタ−のチェックを行う。 (18)剖検終了数週間後に,ツ反や胸部X線検査を行う。 (19)院内感染防止対策に還元するため,剖検報告は可及的速やかに臨床へ返す。 (20)結核症の肉眼的診断能力を高める普段の努力の重要性を認識する。 |
3.患者検体からの抗酸菌検出時の院内連絡ル−ト ![]() |
塗沫検査,培養検査,同定検査などで抗酸菌陽性の成績が得られた場合は検査を依頼した医師または患者の主治医に速やかに連絡しなければならない。このための連絡ル−トは平日および夜間・休日に分け,各施設で決めておく。1例を以下に示す。 |
1)平日 日勤帯(図1)
(1)微生物検査室で抗酸菌陽性成績が得られた場合には速やかに患者の主治医に連絡する。主治医が不在の場合もあるのでこのような場合の連絡先も決めておくとよい(外来患者では外来医長,入院患者では病棟医長など)。 (2)入院患者で抗酸菌陽性となった場合は患者を個室へ移すことや,病室の陰圧設備などが必要になる場合がある。このため,微生物検査室は感染対策室に連絡し,このような処置を行う。施設によっては主治医から施設課に連絡というル−トも考えられる。 (3)患者発生時には患者ケアにも特別の注意が必要なことから,微生物検査室から病棟の看護師長(主任)にも連絡する。施設によっては主治医から看護師長(主任)に連絡するル−トも考えられる。 |
2)夜間・休日の場合 主治医が不在な場合には患者が所属する診療科の当直医に連絡する。感染対策室やICDが夜間・休日も対応している場合には微生物検査室からこれらのスタッフに連絡することができる。夜間・休日対応が出来ない場合には平日勤務体制に戻った時点で連絡する。 入院患者の場合には夜間・休日であっても他の患者や職員への伝播を防ぐため,患者のケアに当たる職員には決められた予防策を講じるよう主治医または微生物検査室から連絡しなければならない。 |
5.結核菌の感染菌量・感染経路 ![]() |
1)感染菌量 感染を起こすのにどのくらいの数の病原体が必要であるかは感染を考える上で大切な因子であり,病原体の種類によって非常に異なる。顕性感染を起こすに必要な病原体の数を「感染量」といい,実験動物では被検動物の半数を発症させる病原体の数(50%感染量,ID50)が定量的表現として用いられる。ヒトの場合,感染量を正確に決定することはほとんどできないので,一部の病原体についておよその目安になる数値があるにすぎない。結核菌の場合「10個以下」であることが知られている1)。 |
2)感染経路 第一に,結核菌の感染は病原体を含んだ空気中を漂う微粒子(直径5μm以下,飛沫結核と呼ぶ)や塵埃を吸い込んで呼吸器から感染する「空気感染(飛沫核感染)」である。感染対策の中で,飛沫感染や空気感染により呼吸器を浸入門戸として感染する病原体に対する対策がもっとも困難であるとされている10)。自然感染において空気感染する結核菌が検査室でエアロゾル感染を起こしやすいのは当然である。完全な防御には気密性の防護服と高性能マスクの使用等が感染防止対策で重要な点である1)。 第二に,エアロゾルが器具や実験台の表面に付着した後,手指を汚染し,これが経口感染や結膜経由の感染につながる可能性も考えておく必要がある。これに対しては,手洗いの励行がもっとも有効な手段である。 過去に起こった実験室感染の大半の例では,特別なアクシデントもなく,「ただ病原体を扱っていた」,あるいは「病原体を扱う研究室で働いていた」というだけで感染が起こっている。このような場合には,実験操作により病原体を含む液体微粒子(エアロゾル)が発生し,それを吸い込むことにより呼吸器から感染したと考えられている。したがって,エアロゾル対策は検査室感染防止でとくに重視されるが,エアロゾル感染は自然条件下での飛沫感染および空気感染と同様に防止が最も困難であり,検査室感染が根絶できない最大の原因となっている1,3,4,12,15,20,21)。これまで,事故の報告例は顕性感染すなわち発病例にほぼ限られており,感染したが発病には至らない不顕性感染の頻度を血清反応を用いて系統的に調べるなどの試みもほとんどなされていない。そして,臨床検査技師が検査室内感染を起こす例が少なくないという事実は,慣れからくる油断や手抜きがあることを示唆する([参考資料−1,2]参照)。 一見して平凡で当然なことにみえる事柄をきちんと遵守することが大切である。手馴れた手法に固執しないことである。 |
7.バイオハザ−ドマ−クの標識 ![]() |
実験室の入口および菌株を保管している冷凍庫,孵卵器等の扉には「バイオハザ−ドマ−ク」を標示する。 |
8.抗酸菌株の分譲および国内外への郵送 ![]() |
社会的,公衆衛生的に特に影響の大きいバイオセ−フティレベル2および3に分類される病原性抗酸菌は,大学などにおける教育・研究のみならず,公衆衛生・医療機関における検査・研究業務,製薬企業における会社の薬品開発研究などの目的に日常的に使用される。それらの機関で必要とする適切な菌株が保存されていない場合,当研究所に菌株分譲の依頼があれば,その社会的要望に対応しなければならない。
病原細菌を安全に取り扱う上で適切な設備を欠き,あるいは必要な知識と技術の裏付けのない機関または個人等へ病原性抗酸菌を分譲した場合,バイオハザ−ドが惹起される危険があり,その発生防止には最大限の安全策を講じる必要性がある。そこで,分譲する病原性抗酸菌の安全な受け入れが確認かつ保証される施設や個人に対して,病原性抗酸菌の分譲が適切に行われるためのガイドラインを以下に示す。 なお,研究者,医療関係者の当事者間での菌株の授受等についても,原則として,以下のガイドラインに準拠して行う。 |
1)菌株分譲を行うための要件 @菌株の分譲に当たり,当該菌株を使用する施設の設備および使用者の菌株の取扱いについての知識・技術等の適格性を判断するため,分譲先の機関の長または責任者に対して「バイオセ−フティレベル2〜3の菌株分譲に当たっての質問事項と確認事項を詳述した文書」を送り,回答書の提出を求めることを原則とする。 A菌株の分譲に当たっては,指定の書式または分譲依頼責任者の属する施設の公用箋を用いて「分譲願い書」の提出を求める。「分譲願い書」には(a)分譲を希望する菌株の学名,(b)使用目的,(c)使用者,(d)使用場所を明記すると同時に,(e)分譲依頼責任者または所属機関長の捺印を求める。この際,分譲を受ける者には,(f)分譲願いに記入した使用目的以外の目的に当該菌株を使用しないことを義務付ける。 B菌株を分与する施設の長または責任者は分与を受ける機関の責任者または長に対して「分譲菌株のバイオセ−フティレベルを指定する」と同時に,「指定レベルに応じたバイオハザ−ド防止対策と手段を講じることを誓約する文書」の提出を求める。 C保存菌株の分譲依頼を受けても,分与を依頼した施設が当該菌株の使用目的,使用施設の設備,または使用者の知識・技術について疑問点があると判断した時,抗酸菌保存株の分譲を断ることができる。 D標準菌株以外の(臨床分離株を含む)各種の抗酸菌株の分譲依頼に対しては,バイオセ−フティ管理委員会の各委員の承認を必要とする。 E菌株分与の依頼を受けた施設は,「分譲される保存菌株に関連して発生するすべての危険は,分譲を受けた側の責任に帰属することを明記した文書」を送付する。 F菌株分与の依頼を受けた施設の判断により,依頼菌株の受領のために分譲を受ける機関の責任者の出頭を求めることができる。 G以上の要件を適切に運用するため,菌株分与の依頼を受けた施設の菌株分譲の担当責任者は病原細菌学の専門家をもってその任にあてることを原則とする1)。 |
(3)抗酸菌菌株分譲のための公式書類 外部機関からの菌株分譲依頼を受付け,抗酸菌株を分与する上で必要となる上述の各種書類・誓約書等の書式は,日本細菌学会「病原細菌に関するバイオセ−フティ指針」の <W.病原菌株の分譲におけるバイオセ−フティに関するガイドライン> に記載された書式(T)〜(W)1)に基づき各施設が作成した独自の書式を用いて分譲の手続きを行う。 |
2)抗酸菌株の郵送方法の実際 @抗酸菌株の輸入と輸出 病原性抗酸菌株を輸出または輸入する場合には,(a)予めバイオセ−フティ委員会の了解を得る必要がある。それと同時に(b)農林水産省に許可申請書類を提出し所定の公式手続きを完了しなくてはならない。これら2段階の手続きを必須の要件として義務付ける。 |
A抗酸菌株郵送のための梱包(図1参照)
液体培地または固形培地を用いて抗酸菌株および臨床材料,診断材料を輸送する場合は,漏洩事故を防ぐため,以下の手順に従って「三層に梱包」する。 a)菌株の発育した固形培地の管底またはプレ−ト内部の凝結水を入念に抜き取る。 b)培地容器と蓋をパラフィルム等を用いて完全に密封する。 c)培地をチャック付きの丈夫なフリ−ザ−パック等の袋の中に個別に密封する。 d)各々の袋に入った培地をそれぞれ緩衝材で包装し,専用の輸送用容器に収納する。 e)必要に応じてドライアイス等の冷却材を同時に梱包する。 f)専用容器(二次容器)の蓋をガムテ−プ等で密封する。 g)二次容器の物理的損傷を保護できるよう構造上の工夫が施された外側容器に上記 f) の二次容器を収納する。 h)外部の包装容器も二次容器と同様に蓋をガムテ−プ等で密封して梱包し,「伝染性の生物学上の材料を示す <バイオハザ−ドマ−ク(白地に黒い文字の票符)>」を標示する。 |
抗酸菌株の郵送に際して必要となる具体的な方法と諸手続きは,平成13年1月1日から改正された『万国郵便条約』に準拠して行う(詳細は日本細菌学会「病原細菌に関するバイオセ−フティ指針[付録]」に記載)。 |
|
||||
委員長 | 高嶋 哲也 | |||
副委員長 | 小栗 豊子 | |||
委 員 | 一山 智 | 小川 賢二 | 鎌田 有珠 | 古賀 宏延 |
塩谷 隆信 | 竹山 博泰 | 御手洗 聡 | 和田 光一 | |
斎藤 肇 | 冨岡 治明 | 土井 教生 | 長沢 光章 | |
樋口 武史 | ||||
協力 | 阿部千代治 | 江崎 孝行 |
この報告を個人的な利用に限りダウンロードあるいはコピーをして使っても構いませんが,複数部コピーして配布するような場合には,結核病学会事務局の許可を得て下さい。事務局:saito@jata.or.jp |