結核の院内感染対策について

平成9年12月

日本結核病学会予防委員会

 

 医療関係者は予期せぬ結核患者と接触することがあるため結核に感染し発病する危険が多い。 かつ、ひとたび発病すれば他に感染を及ぼすおそれが大きいため、結核予防に関して特別の措置を講ずる必要がある。

 このため当委員会では1993年に「医療関係者の結核予防対策について」の指針を発表し、引き続き専門誌に解説を行うなど啓発活動を続けてきたが、最近病院などにおける結核発生事例がマスコミでとりあげられることが多い。これらの多くは初発患者の発見の遅れが関係し、さらにその後の対応も必ずしも適切であったとは言い難い。

 結核の院内感染の防止には安全衛生管理体制の整備が必要であることから、前回の勧告では対策実施の義務と監督責任などにも言及したが、今回は健康管理、環境上の感染防止(作業環境管理)、個人の感染防止(作業管理)、職員の衛生教育、結核患者発生時の対応などにつき改定補足するとともに、委員間の異なる意見を集約して当委員会としての統一的な見解を表明し、改めて関係者の注意を喚起することとした。

    註:本稿での用語は下記とする。
 「医療施設」は、医療機関のみならず老人福祉施設、検査機関ならびに医学部・看護学校など医療職の教育・養成機関を含む。
 「医療関係者」は、医療専門職に限らず各種実習学生、医療補助者、事務職員、給食関係職員、院内店員など医療施設で業務に携わるすべての職種を含む。
 「雇入れ時」は、入学時、採用時、配置転換時などを含む。
 「院内感染」は、病院のみならず「医療施設」における、「医療関係者」ならびに患者・受診者などの利用者間における結核感染を含むが、医療事故としての接種感染は除く。

1.健康管理

 医療施設の管理者は、結核予防法および労働安全衛生法などに基づく各種の健康診断を適切に実施するなど、関係者の安全衛生管理の徹底を図らねばならない。

(1)健康診断

 1)ツベルクリン反応検査の追加

 雇入れ時の健康診断に際しては法令に定められた検査項目のほか、40歳未満の者にはツベルクリン反応(以下、ツ反応と略記)検査を実施し、その結果が強陽性以外の者にはおおむね2週間前後に再度ツ反応検査(二段階試験)を行うことが望ましい。

 定期健康診断に際しても必要に応じてツ反応を追加する。

<見解:1>ツ反応検査の適用年齢

 一般住民の定期外健康診断では、ツ反応検査の対象は29歳を上限としている。これは以下のような理由による。

 @30歳以上の者は結核予防法上化学予防(マル初)の対象とされていない。

 A30歳以上の者はBCG接種の経皮接種採用ならびに定期化(間引き)以前に濃密な接種を受けており、そのためいまだに強いツ反応を示す者が多い。

 B30歳以上の者は結核既感染者も多い。

 C30歳以上の者にツ反応検査をしても、上記の理由などにより最近の患者との接触で結核感染が新たに起こったか否かを判定するのが困難であり、かつその後の適切な予防的措置を指示できない。

 しかしながら、医療従事者のように、結核感染に曝露されるリスクが特に高い集団にあっては、一般を対象とした制度とは別により慎重な対応をすべきであると考える。

 したがって、当委員会では40歳までをツ反応の対象としたが、すでに患者が多発しているような濃厚な感染の疑われる状況では、さらにこれ以上の年齢の者を対象とすることにも意義がある場合もあると考える。

<見解:2>ツ反応の二段階試験

 BCG接種後のツ反応は、接種後の時間の経過とともに弱くなる。弱くなったときにツ反応検査を行うと、これが刺激となってツ反応性の回復(免疫記憶の増強)が起こり、その後の反応は最初の反応よりも強くなることが知られている。これは、ブースター現象、または回復効果と呼ばれ、初回の検査から1〜3週間経過するとみられる。

 雇入れ時のツ反応検査の後、結核感染源との接触が疑われて再度検査を行い、雇入れ時の反応よりも強い反応が見られた場合には、新たに起こった感染によるものと解釈されやすいが、ブースター現象によることも大いにあり得る。

 当委員会ではこのようなことを避けるために、雇い入れ時には1〜3週間の間隔をおいて2回ツ反応検査を行い、2回目の反応をその後の検査に対する対照(ベースラインの反応)として記録することを勧めることとした。

 米国では、二段階試験を行うのは初回の検査で陰性の者に限定しているが、これはBCG接種を行っていないため、もし初回検査で陽性ならば「結核既感染」と判断できるからである。日本では初回の検査で陽性であっても、そのような反応を示す者の大半は(特に強陽性以外ならなおさら)未感染者と考えられるので、陰性者以外にも二段階試験を行う必要があるとした。

 2)既往歴の詳細聴取

 雇い入れ時には結核の既往歴ならびに過去における結核の定期および定期外健康診断の結果およびツ反応の成績・BCG接種の有無を把握し健康診断個人票などに記録する。

註1:ツ反応の記録に際しては陰性・陽性等の判定区分のみでなく発赤径をmm単位で記載し記録する。

 3)その他の留意事項

 健康診断に際しては、法令による対象年齢以外の者を含む全員に胸部エックス線検査を実施する。この際、未受診者がないよう特に医師の受診率の向上に努める。

 胸部エックス線検査に際しては、繊維硬化型と思われる所見を安易に治癒型とは判定せず、必ず前年度の胸部エックス線写真と比較読影を行い前年度に所見がみられないときには要精検とする。

(2)事後措置

 1)BCG接種

 ツ反応の二段階検査法により、第2回目が陰性の者および必要と思われる者には法定外ではあるがBCG接種を行うことが望ましい。

 これによりBCG接種を受けた者は2ヶ月後の早い時期にツ反応検査を実施する。

註2:結核患者の診療機会が少ない医療施設などでは、ツ反応が陰性であってもBCG接種を実施せずに経過観察する事も採りうる選択である。この場合は、定期健康診断および患者発生時の定期外健康診断でツ反応検査を実施し、感染を疑った場合に化学予防を指導する。

<見解:3>雇入れ時のBCG接種の意義

 成人ないし16歳以上の者に対するBCG接種の意義については、一般的には議論の余地がある。それが初接種であれば、よく知られた英国医学会の無作為対照試験(14〜15歳を対象)、スウェーデンの兵士での観察、その他から効果については証明されているといえる。しかし、再接種に関しては、一部残存しているかも知れない(これも不明であるが)中学校以前に行われた接種の効果に追加するだけの効果が果たしてどれほどあるのか確たる証拠はない。さらに、先だって行われるツ反応検査で「陰性」、つまり発赤径が10mm未満の者を選抜して再接種の対象とすることの妥当性については、過剰・過小という両方向の過誤の可能性があり、その程度についても知られていない。これらの問題は当学会としても今後の重要な研究課題である。

 上記の不確実さを残しながらも当委員会として「ツ反応陰性者」を対象者としてBCG接種を勧奨するのは以下のような考えによる。なお、BCG接種を受けた者も、ツ反応陽性のため接種を受けなかった者も、結核既感染者でない限り結核感染に対して万全の抵抗力を持っていないことに留意すべきである。

 @対象者はほぼ確実に結核未感染である。

 A対象者はBCG既接種で多少なりとも接種後免疫をもっている可能性はあるが、陽性者に比して相対的に接種後免疫は弱い。さまざまな水準の接種技術で接種された者の集団の中では、接種後のツ反応が弱い者は、弱い接種を受けた(ゆえに接種後免疫は弱い)可能性が大きい。

 B過去の接種による免疫が残存している個体への追加接種の効果は、ツ反応の変化からみる限り人間でも皆無ではない。

 2)化学予防

 a.平常時:雇入れ時健康診断もしくは定期健康診断で実施したツ反応検査が強陽性で、かつ前回のツ反応の記録が明らかな者で、その成績と比較して増強が著しいときは、その間の感染の可能性が高い。これらの者の事後指導には特に留意し有症状時の早期受診を指導するほか、必要により化学予防の対象とする。

 b.患者発生時:院内で感染性結核患者が発生し定期外健康診断で実施したツ反応の発赤径が30mm以上あり、かつ前回(雇入れ時のベースライン等)の反応よりもおおむね10mm以上大きくなった場合には最近の感染の可能性が大きいので化学予防対象者選定の目安とする。

 c.胸部エックス線写真:肺結核による繊維硬化型の所見を認め、かつ治療歴もしくは化学予防歴のない場合は化学予防の対象とする。

註3:これら化学予防の対象者のうち30歳以上の者は、現行の法定外の措置であるので公費負担の対象とはならない。

<見解:4>化学予防の適用基準

 ツ反応検査の成績に基づいた化学予防の適応の基準としては、厚生省の室長通知「初感染結核に対するINHの投与について(平成元年2月28日健医感発第20号)」があるが、これは主に一時点の検査結果に基づく基準である。

 当委員会で扱うのは主として雇入れ時のツ反応(ベースラインの反応)と、感染源と接触したときのツ反応成績と、その比較の解釈である。これに対する合理的な基準は未だ確立されていないので判断は現場に委ねられるが、当委員会では一つの考え方として対象年齢を限定せずに暫定的に上記の基準を提唱した。

 a.は主として感染源との接触の明らかでない平常時に適用される基準で、b.は感染源との接触が疑われる際の基準である。したがって、a.の適応を選定するに際しては過剰にならない配慮が必要である。

 b.の前半の「30mm以上」は上記室長通知による条件、後半の「10mm以上」はツ反応検査の変動幅(実験誤差)についての議論による。これまでの知見から同一個人のツ反応の測定にかかる実験誤差(測定の標準誤差)は2mm程度であり、これに注射、検査時期の違い等の誤差要因を加味すれば、同一個人に二時点で行われたツ反応の差の標準誤差は4mm程度、またその95%信頼区間は8mm程度と推定される。このような議論から10mmを一つの基準とした。

 この基準は暫定的なものであり、現実の状況によっては柔軟に対応する必要がある。例えば接触者検診の時点ですでに続発例が発生していて、集団的に感染があったことが確実な場合には、緩やかな基準を適用して化学予防を多く指示することも必要になる。

 3)適正配置

 雇い入れ時のツ反応陰性者は、BCG接種によりツ反応が陽性となるまで、原則として感染性の結核患者あるいはその疑いのある患者が収容されている病棟への配属はしない。

註4:頻回のBCG接種にもかかわらずツ反応が陽転しない者(難陽転者)が1%程度みられる。これらの者はBCG接種の技術が正しく行われているならばツ反応が陰性でも効果があるといわれているので配属が可能である。

2.環境上の感染防止

 1)空調設備の整備

 結核患者を収容する一般病棟の中の結核病室あるいは結核病棟単位(以下、結核病室)においては、空調設備は外部から空気をとり入れ、排気は直接外へ放出する独立した型のものとする。結核病室からの空気が他の病室等を循環してはならない。

註5:結核病室および気管支鏡検査、気管内挿管、吸引、吸入など咳を誘発させる医療行為を実施する処置室などの室内空気圧は、外部に対して陰圧とする方向で施設の改善を図るのが望ましい。

 2)安全キャビネットの設置

 臨床検体としての喀痰や培養菌などを取り扱う細菌検査室などは、バイオハザード対策から外部に対して陰圧とし、安全キャビネットを設置する必要がある。

<見解:5>殺菌灯(紫外線灯)の使用

 飛沫感染の危険性の特に高い区域の室内空気や循環気流の殺菌を目的とした殺菌灯の使用は、米国の声明では重視されている。わが国では、これまで殺菌灯の効果に関しては一般的には懐疑的な意見が強く、またそれを議論するだけの経験もない。一方、人体に対して全く無害なものではないため、当委員会では当面の日本での使用についてはとりあげなかった。しかし、これは殺菌灯そのものの有効性を全面的に否定するものではない。

 3.個人の感染防止(作業管理)

 1)安全マスクの着用

 結核感染を特に受けやすい救急処置や気管支鏡検査の操作時ならびに多剤耐性結核菌を排出する患者などの診療に際しては、結核菌が通過しないようなマスクの着用が望まれる。

註6:感染の危険が高い者に対しては、従前のガーゼマスク、外科用マスクは無効であるので、米国のCDC(疾病管理予防センター)のガイドラインに適合したNIOSH(労働安全衛生研究所)認定のタイプN95微粒子用マスクを使用するのが良い。

註7:救急により転送された患者は病歴が不明なことが多いが、結核症である場合は挿管操作、ネブライザーなどによりエアロゾルが生じて室内の空気が汚染され、周囲に感染を及ぼす恐れがある。気管支鏡検査実施中の結核患者が飛散させる結核菌の感染単位数はきわめて高いので必ず適切なマスクを使用すべきである。

 2)予防衣の着用

 咳を誘発させる検査などに際しては作業衣を着替えて必ず予防衣を着用するほか、マスクなどによる防護も必要である。

 密閉容器のキャップの開封、検体の磨砕、振蘯、ピペットの操作などはエアロゾルが発生する危険が大きく、安全キャビネット中での操作が勧められている。時に飛散した菌が気流に乗り、他の区域に勤務する職員に感染を起こす危険性もあるからである。

註8:細菌検査や病理解剖に際しては下記など関連学会の指針による感染防止のための基本操作を厳守する。

近藤雅臣:日本細菌学会バイオハザード防止指針について、日本細菌学会雑誌、1989;39:881-903

日本病理学会:病理学領域における感染防止対策(昭和63年9月)

4.職員の衛生教育

 院内感染を起こさないためには職員の結核教育と医師の結核症の診療と適切な治療能力の向上が大切である。

 1)健康教育による感染防止

 職員すべてが結核の感染・発病に関する正しい知識を持つようにし、患者などの教育に際しては、咳をするときはハンカチやタオルで口をおおう習慣をつけさせたり、面会・診察・病室を離れるときなどにはガーゼ・マスクを着用するよう指導をさせる。これにより飛沫核による結核菌の飛散を防止できる。

 2)速やかな診断

 予診の段階で咳嗽・喀痰の持続を訴える患者には診察前に喀痰の塗抹検査を実施したり、結核を疑われる紹介患者は優先的に診察するか他の待合室へ案内するなど他の患者と隔離することも必要である。

 3)連絡通報体制

 診療中の患者の喀痰の塗抹検査で結核菌が陽性であることが判明した場合は、直ちに関係者に通知する体制を整備する。これにより発見患者に対して効果的な治療を実施し早期に排菌を止め、他への感染を防止することが可能となる。

5.結核患者発生時の対応

 1)患者発生届

 医療関係者に結核患者が発生した際は、診断医師は結核予防法の定めによる届け出を必ず行い、場合によっては必要な対策につき保健所と協議する。

   註9:結核の届け出の対象には、結核と診断されたが化学療法開始前に死亡した例、死亡後に結核菌検査もしくは病理解剖により結核と診断された例を含む。

 将来的には、検査室での抗酸菌検出情報に関するサーベイランス体制も必要である。

   註10:小児科、新生児科、産科、腎透析施設、および骨髄移植その他の免疫抑制状態の患者を多く収容する施設や病棟に結核患者(職員もしくは受診中の患者を含む)が発生した場合は、特に徹底した定期外健康診断が必要になるので保健所と協議して適切な対応を行う。

 2)定期外健康診断

 医療施設の関係者から結核患者が発生した場合、医療機関であるとの理由から自施設のみで対策を講じる場合がしばしばある。しかし、法令による届け出に基づき保健所長は必要により結核予防法第5条による定期外健康診断を行うので、医療機関はその指導のもとに事後対策に応じなければならない。

 また、地域の枠を越えるようなきわめて大規模な集団発生が予想される場合や、社会的影響が大きい場合には、行政機関と協議した上でさらに高度の技術的支援を日本結核病学会等に求める必要もあろう。

 3)結核感染防止委員会

 医療関係者が結核を発病し他への感染の危険度が大きい場合には、院内に設置されている安全衛生委員会・院内感染対策委員会などは、名称のいかんにかかわらず所轄保健所の指導により蔓延の防止にあたる。

 4)常時監視体制

 医療機関においては当該施設が結核感染にさらされる危険を予知するため、結核菌塗抹陽性患者の年間診療件数を把握することが勧められている。これにより結核感染のリスクを知ることができるが、対策にあたっては管理体制を明確にするほか具体的なマニュアルなども作成する必要がある。

6.おわりに

 ひとたび病院内において結核集団感染が発生した場合は、その社会的影響は極めて大きい。また、これにより医療機関に受診中の患者が結核を発病し、特にそれが小児であれば容易ならぬ事態を招く恐れがある。

 わが国では、医療関係者、特に看護婦、臨床検査技師の結核罹患率は同年齢層の一般住民に比し著しく高いことが知られている。したがって、医療関係者の結核の発病から患者を巻き込んだ病院内の結核集団感染に発展する危険性を常にはらんでいるといわねばならない。

 結核の院内感染は生じないように万全を期さねばならないが、最善の努力をしてもこれを完全に防ぐことは不可能である。したがって、不幸にして結核の院内感染が生じてしまった場合には、その規模を最小限にくい止める措置を講じる必要がある。      

 

日本結核病学会予防委員会 
委員長 志村 昭光
委  員 立野 太刀雄、 阿彦  忠之、 志村  昭光、
前田   秀雄、 渡辺  洋宇、 下方    薫、
亀田   和彦、 宍戸  真司、 津田   富康、
臨時委員 森     亨*、 山岸  文雄、
(*前委員長)
 
(出典:結核, Vol.73, No.2: 95-100, 1998)
 

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