結核診療ガイドライン

山岸文雄
 独立行政法人国立病院機構千葉東病院 病院長

ガイドライン作成の背景

日本の結核医療を支えてきた結核予防法が廃止され、2007年4月には感染症法に統合された。
患者が結核であると診断した時の保健所への届け出の方法、命令入所と入院勧告など、
結核患者の管理は結核予防法と感染症法では大きく異なっている。
また最近の結核診療を巡る話題は豊富であり、診療技術にも目を見張るものが数多く開発されている。

 一方、結核診療にかかわるガイドラインとしては、厚生労働省からの「結核医療の基準」があり、
それを日本結核病学会の委員会声明が補ってきた経緯がある。
しかし「結核医療の基準」の対象は狭い範囲に限定され、また学会声明は断片的である。昨今、各学会
から数多くの診療ガイドラインが発行されていることもあいまって、結核症の全般にわたる体系的な
ガイドライン作成が望まれていた。
さらに、04年4月から新医師臨床研修制度が始まり、研修医教育にためにもできるだけ早期の作成が
待たれたいた。

 そこで日本結核病学会では08年春、診療ガイドライン作成委員会を立ち上げた。各種委員会報告との
整合性を図るため、原則として各種委員会の委員長および委員長の推薦する者が診療ガイドライン作成
委員会の委員となり、執筆を担当した。
臨床研修医や一般臨床医を対象とした分かりやすい内容であり、09年6月に発刊された。

内容のポイント
結核の現状

世界の人口の約3分の1が結核菌に感染し、毎年920万人が結核を発病し、170万人が死亡している。
発生患者の98%が発展途上国や旧社会主義諸国で、地域的にはアジアが51%、アフリカが30%を
占めている。
WHOが中心となって結核対策を進めているが、人口増のために結核患者数はいまだ上昇中である。

 07年の日本の結核罹患率は人口10万対19.8と、多くの欧米先進国の4倍以上である。
日本における最近の特徴として、
@発生患者の56%が65歳以上と著しい高齢化
A医学的リスク集団への結核患者の集中
B社会経済的弱者の高い罹患率
C重症患者の増加
D薬剤耐性結核の増加
E非定型例の増加
F集団感染の多発と質の変化、などが挙げられる。

結核の診断
結核の感染は飛沫核感染(空気感染)であり、吸い込まれた飛沫核は、胸膜直下の肺胞に定着し、肺胞
マクロファージに異物として貪食される。
貪食された結核菌はマクロファージ内で増殖して感染が成立し、初感染原発巣となる。肺門リンパ節病巣
とあわせて初期変化群を形成する。
初期変化群は細胞性免疫の完成により治癒するが、一部は初感染に引き続き発病する。
これを一時結核症と呼ぶ。
これに対し細胞性免疫により発病が阻止されても、一部の菌は増殖することなく生存し続け(persister)、
ある時点で再び増殖を開始する。これが二次結核症である。

 新登録結核患者の80%は、症状を訴えて医療機関を受診して発見される。発見時の臨床症状は、
全くの無症状から重度の呼吸不全まで様々である。
全身症状としては、発熱、盗汗、全身倦怠感、体重減少など、呼吸器症状としては、咳嗽、喀痰、
血痰・喀血、胸痛、呼吸困難などである。

 画像診断の基本は胸部単純X線写真であるが、CTが必要なことも多い。
肺結核の単純X線所見の分類として、日本結核病学会病型分類(学会分類)があり、感染症法による公費
負担の申請時にも用いられる。(
表1

 肺結核の確定診断は結核菌の証明であり、喀痰検査は重要である。
喀痰の喀出が困難な場合には、3%の高張食塩水の吸入により誘発喀痰を採取することも有用である。
また必要に応じて胃液検査を行うこともある。

結核菌検査
喀痰の抗酸菌検査では1日1回、連続して3日間検査することが推奨されている。抗酸菌検査では通常、
塗抹検査と培養検査の2項目をオーダーするが、結核の疑いが強い場合には、健康保険診療上、結核菌
核酸増幅法検査を1回行うことができる。

塗抹検査には、従来からの光学顕微鏡で鏡検するチール・ネールゼン法と、蛍光顕微鏡で鏡検する蛍光法
がある。
スクリーニングは蛍光法で行い、菌数が少ない場合にはチール・ネールゼン法での確認が勧められている。

 抗酸菌の培養検査は多くの日数を必要とし、固形培地である小川培地では陰性を確認するまでに8週間、
MGITなどの液体培地と自動検出機械を用いた場合でも6週間を要する。
MGIT法は迅速性、検出感度とも優れ、普及しつつある。

 同定検査法として、直接検体から菌の遺伝子を検出する核酸増幅法検査では、DNAを増幅するPCR法、
RNAを増幅するMTD法がある。
MTD法は結核菌群のみの検出であるが、PCR法は結核菌群だけでなくMycobacterium avium  と 
Mycobacterium Intracellulareも検出可能である。
培養陽性検体を用いる方法では、キャピリアTBは結核菌を20分程度で判定可能である。
アキュプローブ法は結核菌群と Mycobacterium avium complexのみであるが、DDHマイコバクテリア法は
結核菌群を含め検出可能な抗酸菌は18種類である。

薬剤感受性検査は薬剤の効果を知る上で重要な検査であり、培養陽性となれば必ず行う。
現在では、結核菌集団中に含まれる耐性菌の比率を調べる比率法で行われ、一定の薬剤濃度に対し1%以上
の耐性がある場合、臨床的に耐性であると推定される。
この方法は結核菌について標準化された方法であり、非結核性抗酸菌については使用できない。

なお直接検体によるものを除く同定検査、および薬剤感受性検査は、培養陽性であることを必ず確認してから
オーダーする。

表1 学会分類(日本結核病学会病型分類)
a.病巣の性状

 0:病変が全く認められないもの
 T型(広汎空洞型):空洞面積の合計が拡り1(後記)を越し, 肺病変の拡りの合計が一側肺に達するもの。
 U型(非広汎空洞型): 空洞を伴う病変があって, 上記T型に該当しないもの。
 V型(不安定非空洞型): 空洞は認められないが, 不安定な肺病変があるもの。
 W型(安定非空洞型): 安定していると考えられる肺病変のみがあるもの。
 X型(治癒型):治癒所見のみのもの。
 以上のほかに次の3種の病変があるときは特殊型として, 次の符号を用いて記載する。
 H  (肺門リンパ節腫脹)
 Pl  (滲出性胸膜炎)
 Op  (手術のあと)
b. 病巣の拡り
 1:第2肋骨前端上縁を通る水平線以上の肺野の面積を越えない範囲。
 2:1と3の中間。
 3:一側肺野面積を越えるもの。
c.病側
 γ:右側のみに病変のあるもの。
 l :左側のみに病変のあるもの。
 :両側に病変のあるもの。
d.判定に際しての約束
  i)判定に際し, いずれに入れるか迷う場合には, 次の原則によって割り切る。
   TかUはU, UかVはV, VかWはV, WかXはW
  ii)病側, 拡りの判定は, T〜W型に分類しうる病変について行い, 治癒所見は除外して判定する。
  iii)特殊型については, 拡りはなしとする。
e.記載の仕方
 i )(病側)(病型)(拡り)の順に記載する。
ii )特殊型は(病側)(病型)を付記する。特殊型のみのときは, その(病側)(病型)のみを記載すればよい。
 iii)X型のみのときは病側, 拡りは記載しないでよい。


結核患者の管理
結核は感染症法による2類感染症に分類され、医師は患者が結核であると診断した時は、直ちに最寄りの
保健所に届け出なければならない。
患者の移住地が別の保健所管内にある場合でも、最寄りの保健所から居住地の保健所に通知される。

 隔離を目的にした入院医療は、基本的人権を制限する措置である。結核予防法では「入所命令」であったが、
感染症法では入院の「勧告」となった。
表2に入院基準を示す。退院に関する基準は、「退院させなければならない基準」と、
「退院させることができる基準」とがある。
前者は咳、発熱などの症状が消失し、異なる日に採取された喀痰培養検査の結果が連続3回陰性で、
あることが確認された場合である。
後者は次の@〜Bのすべてを満たした場合で、入院期間の短縮を図っている。
@2週間以上の標準化学療法が実施され、咳、発熱などの症状が消失。
A2週間以上の標準化学療法が実施され、異なる日に採取された喀痰の塗抹または培養の結果が連続3回陰性。
B患者が治療の継続および感染拡大防止の重要性を理解し、退院後の治療継続および
 他者への感染防止が可能と判断。

表2 結核の入院基準

どのような患者が入院勧告の対象となるのか?

肺結核、気管、気管支結核、喉頭結核、喉頭結核の患者で、次の(1)または(2)の状態にある場合
(1)喀痰塗抹検査結果が「陽性」の場合
(2)喀痰塗抹検査の結果はは「陰性」だが、喀痰以外の検体(胃液や気管支鏡検体)の塗抹検査で「陽性」と判明した患者、
または喀痰を含めた上記いずれかの検体の培養または核酸増幅法(PCRなど)の検査で「陽性」と判明した患者のうち、
次の@またはAに該当する場合
 @感染の恐れがあると判断される者(例:著しい咳などの呼吸器症状がある者)
 A外来治療では規則的な治療が確保されず早晩大量排菌、または多剤耐性結核に至る恐れが大きいと判断される者
 (例:不規則治療や治療中断により再発した患者、外来治療中に排菌量の増加が見られた患者)
                        健感発0907001号、厚生労働省健康局結核感染症感染症課長通知より要約


結核の治療
 2009年に厚生労働省告示により、肺結核初回標準治療法に関する結核医療の基準が一部改正され
以下のようになった。
A法 ピラジナミド(PZA)を使用できる場合には、まずイソニアジド(INH)、リファンピシン(RFP)および
PZAにストレプトマイシン(SM)またはエタンブトール(EB)を加えた4剤併用療法を2カ月間行い、その後
INHおよびRFPの2剤併用療法を4剤併用療法開始時から6カ月を経過するまで行う。

B法 PZAを使用できない場合には、まずINHおよびRFPの2剤にSMまたはEBを加えてた3剤併用療法を2ないし
6ヵ月間行い、その後INHおよびRFPの2剤併用療法を3剤併用療法開始時から9ヶ月を経過するまでに行う。
 INHまたはRFPを使用できない場合、症状が著しく重い場合、治療開始から2カ月を経ても結核菌培養検査陽性
の場合、糖尿病、じん肺、HIV感染症等の疾患を合併する場合、または副腎皮質ホルモン剤を免疫抑制剤を長期
にわたり使用している場合、などでは治療季刊を3ヵ月間延長できる。

潜在性結核感染症
 感染後の発病リスク低下を目的とした化学予防は、感染症法では潜在性結核感染症の治療と、「予防」からより
積極的な「治療」へと表現が改められた。
感染症法に基づく結核の届け出基準では、患者(確定例)、疑似症患者の他、無症状病原体保有者という呼び方で、
潜在性結核感染症の治療を行う人を届け出の対象とし、公費負担の年齢制限を廃止した。
結核患者の家族や、学校や職場などで結核患者と接触があった時などに行う接触者健診で、クォンティフェン
TB-2G(QFT)やツベルクリン反応検査により潜在性結核感染症の診断を行う。
治療には、効果が強く、副作用が少なく、かつ安価なことから通常INHを用いる。投与量では5mg/kg(最大300mg)
小児では8〜15mg/kg(最大300mg)で、投与期間は6ないし9ヵ月間とした。

 QFT検査は、結核菌には存在し、BCGには存在しない結核特異抗原のEAST-6とCFP-10
を用いた結核感染診断キットで、過去に接触したBCGの影響を受けない。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆

結核の診断が遅ければ、患者自身の症状が重症化して治りにくくなるばかりでなく、周囲の家族や同僚、友人にも感染
させる危険が増す。
結核は薬さえ飲めば治る疾患と思われがちであるが、診断が遅れれば重症化して死亡することもまれではない。
結核患者の診断を的確に行い、見落さないことが重要である。(メディカル朝日12月号 70-72頁より転載)

結核診療ガイドライン
 編集:日本結核病学会 
 定価:3000円+税
 発行:南江堂  TEL03-3811-7239
 2009年6月25日