近年開発された核酸増幅を原理とする結核菌の検出技術については、既にこれを応用したキットが2種類商品化され、これらが日本では健康保険での使用も認可され、まさに実用段階に入っている。この方法は内外での試用経験から、従来の培養と比較し得る菌の検出能力(感度)をもち、しかも所用時間が数時間という利点をもっていることが示されている1)〜3)。これから、この方法は結核菌の迅速検出法として、結核の診断に大きな期待がもたれているところである。
しかし、この方法の安易な利用には問題がある。その最大の問題は特異度、つまり偽の陽性にかかるものである。これまでの試用の報告ではこの点について厳密な吟味は行われていない。これまでの報告のようにかりに従来の培養法を基準法とみなして特異度
(確立された従来の基準で陰性の検体のうち本法でも陰性のものの割合)をみると、未治療患者からの検体では、ある方法1)3)では94〜95%であった。治療中の患者の検体については、このように定義した特異度は70%前後になる3)。このように特異度が低いことの一部は、この方法が培養法よりも感度が高い(例えば死菌まで検出してしまうなど)ためであり、絶対基準の設定に問題があると考えられている。
しかし最近阿部らの行った多施設共同研究4)では、絶対的な陰性検体(超純水)をこの方法で検査施設に検査させたところ、のべ90件中5件が陽性と判定された。ある検査施設はそうした15検体のうち3検査体を陽性と報告している。これは、現在の核酸増幅による結核菌検出法には偽の陽性の事例が皆無でないことを示している。
核酸増幅法による偽の陽性の重要な原因として検査過程中の汚染が考えられており、これを排除するための精度管理が検査施設では行われているはずである。しかしこれも完壁なものといえないことが上記の報告で示されている。さらに検体採取過程の汚染(最も問題になるのが気管支内視鏡検査であろう)についてはいまだ十分な検討が行われているとはいえない。
偽の陰性に関しては患者検体中に存在するポリメラーゼ酵素の阻害物質によるものが問題になる。今のところ研究は十分に行われておらず、今後さらに検討を加えなければならない。
一方、上記の試用で明らかにされたように3)、治療中の患者の検体の検査における特異度の低さにみられる偽の陽性は、そのかなりのものが培養法で発育しない(いわゆる死菌など)の検出によると考えられる。したがって従来の培養法の所見に基づいて確立されてき治療経過の判定(例えば入院患者の退院時期の決定など)に関して、この新しい方法は従来法と同等の意義をもつとはいえないことも考えなけれぱならない。この検査で菌陰性になるのを待って退院時期を決定するようなことをすれぱ、入院期間が必要以上に長くなるようなことも起き得る。
結核診断における核酸増幅法の信頼性について論議したGrosset ら5)は、この方法の潜在的な能力に期待しつつも、現時点では「結核治療の開始にも、中止にも用いるべきではない」と断定している。またおそらく同様の根拠から米国では連邦政府が現時点でその一般的な使用を認可していない。当委員会はこのような事情について検討を行い、現在行われている核酸増幅法による結核菌検査の利用にあたっては、以下のような点を慎重に考慮すべきであると結論に達し、これについて勧告を行うこととした。これによってこの方法の利益が最大限のものになることを期待したい。
なお、本検査法で非定型抗酸菌を検出するキットもあるが、これによる所見に基づいた非定型抗酸菌症の定義はいまだ確立されていないこと、また環境中の非定型抗酸菌により偽の陽性が出る可能性の大きいこと(本学会予防委員会声明「結核 1994, 69: 535- 536」参照)に十分留意すべきである。
核酸増幅法による結核菌検査の利用に際しての留意点(勧告)
1)核酸増幅法による結核菌の検査法(以下「本検査法」という)を用いて結核菌の検出を行う場合には、必ず塗抹検査および培養検査を並行して行うこと。
2)結核疑いの患者の検査で在来の菌検査法の所見が陰性で、本検査法のみで陽性の場合には、つねに偽の陽性の可能性を考慮し、臨床所見やエックス線所見などを併せた総合的な検討を慎重に行って判断すること。
3)結核の治療中の経過判定のために本検査法を用いないこと。ただし重大な悪化や再発を思わせる臨床的な変化があるような場合は2)に準じること。
4)気管支内視鏡検査など、検査材料の採取に用いる器具が以前の検査で結核菌成分により汚染される可能性があるような場合には、本検査法による結核菌陽性所見の解釈は慎重に行うこと。
5)あらゆる段階での検査精度の確保に努めること。検査の実施を外部施設に委託する場合にも疑わしい結果については施設担当者と十分な検討を行うなど、施設での精度管理にも注意すること。
文献
1)Abe C, Hirano K, Wada M, et al.: Detection of Mycobacterium tuberculosis in clinical specimens by polymerase chain reaction and Gen- Prove Amplified Mycobacterium Tuberculosis Direct Test. J Clin Microbiol.1993; 31: 3270- 3274.
2)青柳昭雄、豊田丈夫、大角光彦、他:核酸(rRNA)増幅を応用した結核菌直接検査法(Gen- Probe; MTD)の臨床的検討−小川培地と液体培地(MBチェック)との比較を中心として−.結核.1994; 69: 7- 14.
3)青木正和、片山透、山岸文雄、他:PCR法を利用した抗酸菌DNA検出キット(アンプリコアTMマイコパクテリウム)による臨床材料からの抗酸菌迅速検出.結核.1994; 69: 593- 605.
4)阿部千代治、森亨、藤井英治、他:結核菌の迅速検出のためのMTDの評価に関する共同研究.結核.1995; 70: 467- 472.
5)Grosset J, Mouton Y: Is PCR a useful tool for the diagnosis of tuberculosis in 1995. Tubercle and Lung Disease 1995; 76: 183- 184.
| 委員長: | 森 亨 |
| 委 員: | 久世 彰彦、佐藤 博、前田 秀雄、山岸 文雄、荒川 正昭、五十里 明、門 政男、倉岡 敏彦、津田 富康、 |
| 委員長: | 近藤 有好 |
| 委 員: | 岸 不盡彌、渡辺 彰、佐藤 紘二、和田 雅子、来生 哲、高嶋 哲也、鎌田 達、古賀 宏延、 |
(出典:結核.Vol.70, No.12: 711-712)
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