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〔はじめに〕
当委員会では,2002年4月に結核医療の基準を見直し,イソニアジド(INH),リファンピシン(RFP),およびピラジナミド(PZA)を含む4剤治療を原則とすることを提言した1)。しかし,INH,RFP,PZAはいずれも肝障害を引き起こす可能性があり,委員会で行った結核治療中の重症肝障害についてのアンケート調査2) 3)において複数の死亡例も報告されている。一方,これらの薬剤を使用できないことは結核の治療に大きな障害となる。副作用のうちもっとも高頻度にみられる肝障害への適切な対応は,結核の治療成功のために重要な要素である。結核の治療を強力,かつ安全に行うことができるよう,治療委員会では,諸外国での指針4) 5)も参考にしつつ,日本における肝障害の発生の現状,専門家の意見2) 3)も踏まえて,結核の標準治療を中心とした化学療法に起因する肝障害への対応指針を作成した。なお,本指針に依っても判断に迷う場合には個別に専門家の助言を受けることを勧める。
T.治療開始前の注意および治療方式の選択
T_1 状態の把握
抗結核薬使用開始時には肝機能障害に影響を与える事項,たとえば飲酒習慣,肝障害の既往などについての情報収集,および一般的な肝機能検査(血清AST,ALT,ALP,LDH,総ビリルビン,アルブミン値など)を行う。HCV抗体陽性の場合には薬剤性肝炎がおこりやすい6)こと,またHIV抗体は肝障害のリスク因子であるとの報告もある7)ので,それぞれ治療開始時に検査しておくことが望ましい。
T_2 治療開始前に肝機能異常が認められる場合の薬剤選択
以下の場合には,PZAの使用は避けるのが安全である。
@ 肝不全,非代償性肝硬変,またはそれに準じた状態
A ASTまたはALTが基準値上限の3倍以上(概ね100IU/L以上)である慢性活動性C型肝炎
@ではINH使用も避けることを検討する。上記以外の肝障害がある場合には,INH,PZA使用について個別に検討する。重症肝不全の場合にはPZA,INH,RFPのいずれも使用しない選択もありえる。この場合には,肝毒性がないストレプトマイシン(SM),エタンブトール(EB)および肝障害の可能性が低いレボフロキサシン(LVFX)などの3剤以上による治療を検討する。
アルコール性肝炎の場合には禁酒すれば,肝毒性がある薬剤を開始しても大半の場合肝障害は改善する。HB抗原陽性者においては,PZAを含む化学療法を行ってよい8)。結核治療完遂の観点からは治療期間が短いほうが有利であり,できるだけPZAを含む標準治療を行いたい。
なお,粟粒結核など重症結核によりAST,ALT,LDHなどの血清酵素上昇をきたすことがある。この場合には4剤併用による強力な治療が必要であり,治療により肝機能検査値も改善する。
U.治療開始後の対応
肝炎の自覚症状(食思不振,吐気,嘔吐,腹痛,全身倦怠感など)について患者に説明し,治療中にこのような症状が出た場合には服薬を中止し速やかに医療従事者に訴えるように指導する。また医療従事者は上記の症状の有無を尋ねることが必要である。自覚症状が出た場合には,速やかに肝機能検査を行う。自覚症状がないか軽度であっても肝障害が重症化することもあるので,自覚症状がなくても定期的に肝機能検査を行う。肝機能検査としては,AST,ALT,総ビリルビン,および必要と考えられる項目を実施する。
U_1 使用開始時に肝障害が認められない場合
(1)肝機能検査の頻度
一般的にはPZAを使用中は2週間に1回定期的に通常の肝機能検査を行う。肝障害の出現は治療開始後2カ月間に多い2)ので,PZAを使用しない3剤治療の場合にも2カ月間は2週間に1回の検査を行うことが望ましい。自覚症状が出現した場合には,できるだけ早期に検査を行う。結果が基準範囲内であっても,他に明らかな原因が認められず自覚症状が持続・悪化する場合には適宜検査を繰り返す。
(2)異常値が出現した場合の対処
図
下記の図が見えないとき上記の図をクリックすると見ることが出来ます。
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a)薬剤中止の判断
@自覚症状がない場合:ASTまたはALT値が基準値上限の5倍以下(概ね150IU/L)であれば,肝機能検査を1週間ごとに繰り返し,上昇傾向がなければ抗結核剤はそのまま続ける。ASTまたはALTが基準値の5倍以上となった場合には全抗結核薬を中止する。なお,検査は数値の急な上昇が見られる場合には週1回より頻回に行うことも考慮する。また,AST,ALTにかかわらず,総ビリルビン値が2mg/ml以上となった場合には中止する。
A自覚症状がある場合:ASTまたはALT値が基準値上限の3倍以上になればすべての薬剤を中止する。また,ASTまたはALT値が基準値上限の3倍未満であっても,その患者の治療前値(基礎値)から3倍以上になっている場合,数値の上昇が急な場合にもすべての薬剤を中止するのが安全である。また,AST,ALTにかかわらず,総ビリルビン値が2mg/ml以上となった場合には中止する。
b)中止後の処置
中止後は肝機能検査を概ね1週ごとに繰り返す。抗結核剤による肝障害は,多くの場合原因薬剤を中止すれば特に治療を行わなくても改善する。2週間程度で正常化することが多いが,PZAによる肝炎では4〜6週かかると記載している文献もある9)。なお,抗結核剤中止後も1週間程度は検査値が上昇を続けることがあるが,上昇傾向が緩やかになっていれば更なる悪化の危険性は低い。
薬剤中止後も症状が悪化する場合,特に血清総ビリルビン値が高値(概ね5mg/dl以上)の場合には,肝障害が重症化し肝不全となる可能性が高いので,肝疾患の専門家に相談することを勧める。
U_2 使用開始時に肝障害がある場合
治療開始時に既に肝障害が認められる場合には,状況に応じ2週間に1回以上検査を行う。検査値の上昇が認められた場合には,原疾患によるものか,薬剤性のものか,薬剤性であるとすれば抗結核剤によるものか,または併用する薬剤によるものか等について検討する。検査において悪化が見られた場合には,前項U_1(2)に準じて対処する。
例:HCV抗体陽性で肝障害が軽度の場合:通常の4剤を開始し,1週間ごとに肝機能検査を行い,自覚症状を伴う肝酵素の上昇が見られた場合には,全薬剤を中止し,肝機能検査を繰り返す。自覚症状がなく軽度の上昇であればそのまま継続する。
V.結核治療の再開(上記図参照)
(1)再開始の時期
肝機能検査値が概ね基準値内もしくは治療開始前基礎値に回復したら,抗結核剤を再開始する。結核治療の必要性,緊急性が高い場合には,肝機能検査値が十分に改善しなくても,治療の再開始を検討する。たとえば,広汎空洞型で抗結核薬中止までの治療期間が短く大量排菌が続いている場合には,肝毒性が低いEB,SM,およびLVFXの3剤を使用し肝機能改善を待つ。肝機能が安定化後に,INH,RFPのいずれかの薬剤を1剤ずつ開始する。非空洞型で治療によりほぼ菌陰性化している場合には,肝機能が正常化または安定するまで待って1剤ずつ再開する。
(2)薬剤の使用優先順位と使用方法
前項に述べたように,結核の状態によりEB,SM,LVFXのうち1〜3剤を開始しておくか,INHまたはRFPと同時に開始する。特に,大量排菌がある場合には,1剤ずつの投与はできるだけ避ける。肝毒性がある薬剤は同時に複数開始しない。開始して1週間後に肝機能検査を行い,悪化がなければ次の薬剤を追加する。
RFPとINHのいずれを優先して開始するかは,肝障害の発生機序による。総ビリルビン値やALP値の上昇が主でASTまたはALT値が軽度上昇にとどまる場合は,RFPによる胆汁うっ滞型肝障害と考えられるのでRFPの再投与は勧められず,INHを開始する。それまでにEBなどを使用していなかった場合にはINHとEBまたはSMの2剤,または3剤同時に開始する。1週間後の肝機能検査で悪化がなければPZAを追加する。PZAの再投与に関しては欧米の文献では再開を勧めている5)。日本ではあまり再開していないが,使用できることもある。1週間後に肝機能検査を行い,悪化がなければその後1カ月に1回以上治療終了まで定期的に検査を行う。
総ビリルビンやALP値の上昇が見られなかった場合には肝細胞型肝機能異常と考え,RFPを優先して使用することを勧める。1週間後の肝機能検査で悪化がなければINHを追加する。さらに1週間後の肝機能検査でも安定していれば,PZAによる肝炎の可能性が高いと考え,最終的にはINH,RFP,EBまたはSMの3剤の治療を続ける。残りの期間中1カ月に1回以上肝機能検査を行う。
薬剤追加後の肝機能検査で悪化がみられた場合には,その薬剤が原因と考え,再使用は行わない。使用可能な他の薬剤3剤以上の併用とする。
各薬剤の再開時の投与量は常用量から開始してよいとするものとやや減じて使用するようにしているものがある5)。前治療での用量が過量ではなかったかどうか,体重,年齢を勘案して再検討する。アレルギー性の反応の一部としての肝障害と考えられる場合には減感作10)も行ってみる価値はある。
〔おわりに〕
本指針は結核専門家の意見として,薬剤性肝障害全般の文献を参考にしつつ作成したものです。今後も,問題があれば肝疾患の専門家との協力も考慮しつつ検討・改訂してゆく予定ですので,本学会会員であるか否かにかかわらずご意見がございましたら委員長宛ご連絡ください。
〔文献〕
1) 日本結核病学会治療委員会:「結核医療の基準」の見直し.結核.2002 ; 77 : 537_538.
2) 日本結核病学会治療委員会:抗結核薬による薬剤性肝障害アンケート調査結果.結核.2005 ; 80 : 751-752.
3) 重藤えり子,和田雅子,日本結核病学会治療委員会:抗結核薬による重症薬剤性肝障害についてのアンケート調査.結核.投稿準備中.
4) American Thoracic Society, CDC, and Infectious Disease Society
of America:Treatment of Tuberculosis. MMWR 2003/52 (RR11) ; 1-77.
5) Bureau of Tuberculosis Control, New York City Department of
Health:Clinical policies and protocols, third ed. Bureau of Tuberculosis
Control, New York City Department of Health. 1999, 78.
6) 和田雅子,吉山 崇,尾形英雄,他:初回治療肺結核症に対する6カ月短期化学療法の成績.結核.1999 ; 74 : 353-360.
7) Ungo JR, Jones D, Ashikin D, et al.:Antituberculosis drug-induced
hepatotoxicity:the role of hepatitis C virus and the human-immunodeficiency
virus. Am Rev Crit Care Med. 1998 ; 157 : 1871-1876.
8) Lee BH, Koh WJ, Choi MS, et al.:Inactive hepatitis B surface
antigen carrier state and hepatotoxicity during antituberculosis
chemotherapy. Chest. 2005 ; 127 : 1304-1311.
9) A CLINICIAN’S GUIDE TO TUBERCULOSIS, Iseman MD, 2000, 291.
10) 日本結核病学会治療委員会:抗結核薬の減感作療法に関する提言.結核.1997 ; 72 : 697-700.
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