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上記通知が平成17年3月8日に各都道府県等に出されたところであるが,結核医療を行う立場からみた問題点を指摘すると共に,医学的に適切と考えられる結核医療現場での対応についても併せて意見を表明する。なお,その考え方は本学会がまとめた「結核の入院と退院の基準に関する見解」2)に基づくものである。以下の意見を,今後の結核医療を行ううえでの参考にしていただければ幸いである。
1.入所命令の要件について
入所命令の要件に「同居者に結核を伝染させる恐れがある場合」とある。かつて,成人の多くが既に感染していた時代には,感染を受ける者としては「同居」の若年者が主であったが,1980年代以降の職場,学校に限らず様々な社会生活の場における集団感染事例の多発を考慮すると,感染を受ける者を「同居者」に限定することは今日では妥当でない。さらに結核が社会的弱者に偏在する傾向がますます強くなっている中で,このような同居者のない患者に対して必要な生活支援を行い,かつ適切な治療支援体制を迅速に整えることは困難である場合が多い。入所命令の対象を同居者がある場合に限定することは,感染拡大の防止,適切な医療の提供の両面から問題があると考えられ,「生活環境,行動から他者に結核を感染させる恐れが高い場合」と広く解釈すべきである。
また学会では,「現時点での感染性は特に高くはないが,入院治療でなければ,近い将来感染性,とくに薬剤耐性結核となる可能性が高い場合」を入院の要件としてあげている。薬剤耐性結核の増加が懸念される場合の適切な医療提供は極めて重要である。また,喀痰塗抹陰性培養陽性者からの感染が少なくないこと3)がわかったことは,最近10年間の結核病学の進歩のひとつである。喀痰塗抹陽性者は治療を開始してもしばらくは感染性を保持するが,喀痰塗抹陰性培養陽性者は適切な治療が行われれば速やかに感染性がなくなると考えられる。しかし,入院治療が行われなければ治療自体が行われないか,あるいは薬剤耐性結核であって治療を開始しても感染性が減少しない場合は,喀痰塗抹陰性であっても感染性は有意に高いと考えられる。さらに,的確な治療が行われなければ薬剤耐性結核の増加も懸念される。患者への適切な医療提供と多剤耐性結核蔓延の防止という公衆衛生の観点から,必要な場合には「2週間以内に喀痰結核菌塗抹陽性の所見が得られた」場合に限定せず第29条の対象とすることが適切である。
2.適正手続きについて
入所命令を行うにあたっての手続きとして「あらかじめ結核の診査に関する協議会の意見を聴くこと」とされている。また,協議会の承認を得る以前の入院期間には入所命令が適用されないこととなった。この結果,最も感染性が高い時期に必要な入院が行われず感染が拡大する恐れが増大する。また,承認が得られる以前の医療費については法第35条による公費負担医療の対象とならず,様々な患者負担が生じる結果となる。入所命令の適用期間に関しては従来に準じて柔軟に対応し,適切な医療の提供が迅速に可能となるよう希望する。
3.入所命令の取り消しの要件1について
入所命令を取り消す要件として,菌検査所見のみが示されているが,学会としては感染性の消失だけでなく退院後の治療の継続性が確保できることも重視している。先の通知でも,要件2に「命令入所を取り消した場合は,医療機関と保健所の連携を図る等入所命令の取り消し後の治療支援体制の確保に努めること」とされている。しかし,現状では菌所見から感染性が低下したと判断された時点において治療支援体制が確保できていないことは多く,その場合にそのまま退院させることは治療中断と後の再発を招く恐れが強い。従って,入所命令の解除により患者負担が生じること,また経済的負担等から治療脱落が起こる可能性があることを銘記し,診査協議会において患者のおかれた医学的,社会的状況を十分に勘案して合議を行ったうえで,必要と考えられる場合には治療支援体制が確保されるまで,法第35条等の規定に基づく公費負担医療の対象とするべきである。
4.入所命令の取り消しの要件3について
入所命令に係る結核患者に対する検査の結果,非定型抗酸菌症(非結核性抗酸菌症)等非結核であることが判明した場合に,さかのぼって(入念的に遡及して)入所命令を取り消すとある。しかし,医療の場において感染性の結核が疑われる場合には,それが否定されるまでは感染対策上は結核として取り扱うことが適切である。従って,抗酸菌塗抹陽性であって非結核であることが判明するまでは,通知文にも記載されているとおり「結核患者」であり人権を制約される状況におかれるのであるから,その間は公費負担医療の対象とすべきである。
先の通知は,日本においてしばしば行われていた不要な入院を抑制し,治療支援体制の整備を推進するうえで意義があるものと考える。しかし,一方で今回の通知をそのまま適用することは一部で医療費の患者負担を増加させる結果になり,また必要な入院が行われないために結核の治療成績の悪化をもたらす可能性が高い。適切な医療が提供できない場合,後に感染性かつ治療不能の薬剤耐性結核となり,またその感染拡大により,長期的には医療費の増大をもたらす結果となることは結核医療を行う者の共通認識である。結核が減少し社会的弱者に偏在する傾向が強くなった現在においてこそ,公的関与のもとで十分な医療を提供し患者を治癒させることが患者の人権を尊重することであると考える。なお,ハンセン病問題に関する検証会議最終報告書における提言4)で,感染症医療等に関連する各場面において,「法律上の強制の要素がない限り予算措置を講じないとの,これまでに見られた慣行ないし方針が,人間の尊厳および人権の尊重に照らしもはや破綻していることを認識し,公共保健(パブリック・ヘルス)の目的が存在する場合には強制の要素がなくとも予算措置を講ずるように努力するとの原則の樹立を求めるべきである」とあるが,現在結核医療においてその必要性が強く感じられるところである。
文献
1) 厚生労働省結核感染症課通知 結核予防法第29条第1項の規定に基づく入所命令等に関する取り扱い基準について(健医発0308002).2005.
2) 日本結核病学会:結核の入院と退院の基準に関する見解.結核. 2005;80:389-390.
3) Hernandez-Garduno E, Cook V, Elwood RK et al.:Transmission
of tuberculosis from smear negative patients: a molecular epidemiology
study. Thorax. 2004;59:286-290.
4) 財団法人日弁連法務研究財団ハンセン病問題に関する検証会議:ハンセン病問題に関する検証会議 最終報告書.2005, 775-776. |