輸送機関の結核感染と予防対策

  平成 16 年 6 月      

日本結核病学会予防委員会

 輸送機関における結核感染の予防と対策を明らかにする必要がある。即ち,@既に結核と診断されている患者,もしくは結核が疑われる患者などの搬送に際しての感染予防と,A長距離もしくは長時間の輸送機関の利用者が直後に結核であることが判明したときの事後措置として結核対策を検討しなければならない。航空機内でのインフルエンザ等の感染事例はよく知られているが,結核については感染経路が「空気」であり,かつ,航空機で高蔓延国を行き来する利用者が増加していることなどから,その利用者の結核予防対策は極めて重要である。

註1:本稿での用語は下記とする。
患者:この見解で対象とする患者とは,結核と診断され,喀痰塗抹検査で中等度(++/Gf3号)以上の排菌を認め,咳嗽があるものなど,感染危険度の高いものをいう。
搬送と移送:この見解では「搬送」は,救急(応急)処置や看護等をしながら患者を運ぶ行為についていい,「移送」は,「搬送」のうち,関係法令に基づき搬送の対象者や搬送の手続き規定が明記されたものをいう。

T.結核患者の搬送
 既に結核と診断されている患者を搬送する際,国内では救急車が使用されることが多く,国外への搬送では航空機が利用されることも稀ではない。しかし,これらの搬送機関で働く職員に結核が多発しているか否かの知見はない。今後特に,日常結核患者を搬送する機会が多いと考えられる救急隊員の結核感染・発病のリスクについて,@行路病者を搬送する機会が多い地域とそれ以外の地域について比較する,A結核以外の感染症の感染・発病のリスクと比較することが必要である。

註2:患者移送の権限
ここで感染症法と違い,結核予防法では,患者の移送を誰が行うかに関する規定がなく,誰にも移送の権限がないことを理解しておく必要がある。感染症法では,1類・2類感染症等の患者に対して知事が入院勧告・措置でき,知事が入院勧告・措置に関する強制力を行使する関係で,入院時の患者移送も知事の権限とした。しかし結核予防法では,命令入所制度に強制力がないので知事には患者移送の権限もなく,患者の移送を誰が行うかについての規定もない。ただし,命令入所の対象患者が結核専門病院へ入院時の移動に民間搬送機関等を利用した場合の公費負担制度(都道府県知事が必要と認めた場合に限る)はある。

1.患者を搬送する手段
(1)救急車・民間搬送車等
 1)自治体が患者搬送目的に用いる車両
 2)病院や自治体以外の民間機関が患者搬送目的に用いる車両
 3) 患者搬送を目的としない車両等を一時的に使用するもの
    例:@タクシー,Aヘリコプター
(2)公共輸送機関
  1) 航空機
  2) 船舶
3) 列車や長距離バス

2.結核と診断された患者を治療する医療機関に搬送する際の留意事項
 患者を搬送しようとする医師は,適切な搬送手段を確保すると共に感染防止に必要な事項を指示しなければならない(註3)。

 註3:(1)患者が咳をするときには口をハンカチやタオルで覆うかあるいは外科マスクやガ−ゼマスクを装着する,痰は直接吐かずティッシュペ−パ−にとり,ビニ−ル袋等に入れるように指示する。
(2)明らかに感染性がない場合を除き,救急隊員,タクシーの運転手,医療関係者,同乗者等には,N95マスクを着用させ,窓を開けるなど,車内の空気を常に外にだすように指示する。
 
結核は空気感染であり,N95マスクの着用と十分に換気することが感染防止に重要である。

(1)救急車等
 1)事前の協議
 行政(保健所)は地域における消防本部ならびに民間搬送機関等と協議し,予めそれぞれの機能分担を明確にしたうえ,連携して適切な患者搬送を行わなければならない。
 2)搬送時の留意事項
搬送を必要と判断した医師は,下記による適切な搬送手段を確保する。
 搬送手段
 ア.患者家族等もしくは診断した医療機関の車両による搬送 
 イ.救急車等による搬送
 救急を要する病状の患者,あるいは搬送途上で応急処置等の必要性が高い患者(註4)の場合は,医療機関は予め当該地域で定められた搬送機関に依頼する。この際,患者が結核患者であることおよび患者の状態等,搬送に当たり必要な事項を消防本部もしくは民間搬送機関に通知するほか,送り出す側の医療機関の医師または看護師が同乗することとする。

 註4:(1)酸素吸入が必要な状態,心肺停止のおそれ,心筋梗塞,脳梗塞にある状態,昏睡状態,喀血している状態,合併症により重症化した患者などの場合。
 (2)その他協議のうえ必要と認める場合。

 3)命令入所患者の移送について
 入所命令を受けた患者の移送および移送費用については結核予防法に取扱い(註5)が規定されており,地域により移送の公費負担制度を実施しているところもある。しかし,現実には法に基づく移送が行われることは稀であるので,前項の注意を払った予防措置を講じたうえで,搬送を行うべきである。

 註5:(1)看護及び移送
 入所命令を受けた患者が看護又は移送を受けようとするときは,原則として事前に,公費負担の申請を行なうものとすること。ただし,緊急その他やむを得ない理由により事前に申請しないで看護又は移送を受けたときは,事後に療養費の支給の申請を行なうものとすること。(昭和36年9月22日衛発第757号厚生省公衆衛生局通知「結核予防法による公費負担及び命令入所取扱要領」)
(2)命令入所患者の移送費用について
 移送については,入院,転院又は退院に伴い最小限必要な移送に限り承認するものとすること。移送費につき支払うべき費用の額は,最小限度の実費の額とすること。(昭和36年9月22日衛発第757号厚生省公衆衛生局通知「結核予防法による公費負担及び命令入所取扱要領」)
 移送費の支給方法について:現物給付が望ましいが,療養費払いの方法により支給しても差しつかえない。(昭和37年5月16日衛予第22号本職通知「命令入所制度運用上の疑義について」)

(2)乗り合いバス,鉄道,航空機等公共輸送手段を利用するとき
 公共の輸送機関等により長時間(長距離〜超長距離)搬送するときは,原則的には治療により喀痰塗抹陰性を確認するなど感染性がなくなったものに限定することとする。
 
3.患者搬送後の措置
 救急車等の使用後の消毒等は,通常行われている方法(註6)により行う。
 消防署や事業者は,搬送に従事した者等の定期健康診断を行う。
  
註6:患者搬送後の車内の空気については,十分な換気を行う。
 
患者が床等に排出した痰あるいは痰等が付着していると思われる救急車内については,例えば70%以上のエタノ−ルあるいは次亜塩素酸ナトリウムにより,拭き取るか清拭し感染性廃棄物として処理する。

U.一般患者の搬送後,あるいは長時間(長距離〜超長距離)の輸送機関の利用者が直後に結核と判明したとき
1.一般患者を医療機関に搬送した後に結核と判明したとき
(1)医療機関の対応
 消防本部が搬送した患者が後になって結核患者であると判明した場合は,搬送を依頼した医療機関が消防本部に対してその旨告知する。また,搬送された患者を診断した医療機関は,保健所への届出にあたって搬送の状況等についても具体的に記載することが望まれる。
(2)消防本部,民間搬送機関や保健所の対応
 救急車等の使用後の消毒等は,通常行われている方法(註6)により行う。
 保健所は,必要に応じて搬送に従事した者について健康診断(註7)等を行う。
  
註7:「感染症の患者の搬送の手引き」(厚生省保健医療局結核感染症課 平成11年8月4日,9 月27日)の「5 搬送に携わった者の健康診断及び健康観察」等による。 
     
2.長時間(長距離〜超長距離)の輸送機関の利用者が直後に結核と判明したとき
 多くの人が航空機などを利用し長距離もしくは長時間の旅行をするが,これらの者に事前に医学的検査を行うことは不可能である。航空機など長時間閉鎖された空間を占拠していた顧客またはスタッフが結核であったことが判明した事例について幾つかの報告がある。
 世界保健機関は,航空機による結核感染の予防と搭乗者が結核であったときの事後措置などに関してガイドラインを公にしている(註8)。

註8:「結核と航空機による旅行:予防と対策のための指針」 TUBERCULOSIS AND AIR TRAVEL: GUIDELINES FOR PREVENTION AND CONTROL;WHO 1998(WHO/TB/98.256)
(1)旅客者に対して
 結核患者として感染性があるときには感染性がなくなるまで旅行を延期する。
(2)医師および保健所に対して
 1)最近(例えば最近3カ月以内に),感染性結核が疑われ,また診断された患者が航空機に搭乗したことが判明した際には,医師は保健所にその旨通報する。
 2)この3カ月内で8時間以上搭乗している感染性のある結核患者がいたことわかっているかかどうか,保健所は航空会社に迅速に問い合わせをする。
(3)航空会社に対して
 1)航空会社は保健所と十分協力し,乗客と乗務員に結核に曝露された可能性を知らせるかどうか,またどの乗客にそれを知らせるかを決定する。
 2)航空会社は保健所と十分協力し,乗客と乗務員に結核に感染した疑いがあることを知らせる。
 3)乗客に結核菌の曝露により将来起こりうる健康リスクについて迅速に知らせるため,航空会社はすべての乗客に対し自宅や勤務先の住所,電話番号を求める(註9)。
 4)航空会社はすべての乗務員を十分訓練し,乗客の中に結核患者がいることが判明した時,特に咳嗽時には予防措置をできるようにしておく。またすべての航空機には十分に医学的な緊急時にも対応した設備,備品を確保しておく(手袋,N95マスク,痰をとったティッシュなどを処理するバイオハザードディスポーザブルバッグも含めて)。
 5)航空会社は伝染性疾患に専門的知識を有し常に保健所と相談できるような医師と事前に協議しておく。
 6)航空機内で発生した病気や医学的緊急事態の全記録を少なくとも3年間は保存しておく。
 7)地上待機は最小限の時間にすべきで,最大の効率を持ったHEPAフィルター(0.3ミクロンで99.97%)をすべての航空機に設置し,常に整備しておく。

註9:日本において問題となるのは外国の航空会社あるいは国内の航空会社の国際便である。航空会社は機内の座席位置の情報は提供できるが,乗客の住所,連絡先までは知り得ないことが多い。そこで保健所は厚生労働省を通して法務省の協力を求め,国際空港の入国審査時の情報をもとに乗客名,住所,連絡先等を確認するのがよい。あるいは,航空会社がツアー会社やマイレージカードから乗客名,住所,連絡先等を確認し,上記(3)1),2)のように保健所と相談し航空会社から乗客に連絡することも考えられる。

(1)航空機について
 航空機についてはわが国でも世界保健機関のガイドラインを適用するのがよい。
 その際,@活動性結核の感染性,A飛行時間,B搭乗から患者発見までの期間,C発端患者と暴露者の座席位置について調査し,@会社と保健所への通知,A旅客と搭乗員への通知の連絡について留意する。
 診断した医師は保健所に連絡し,患者登録地の保健所は,患者が搭乗した航空機が着陸した空港を所轄する保健所および接触者のいる管内保健所と連携し,接触者健診等を行う。
(2)航空機以外の輸送機関について
 1)遠洋航海の船舶
 2)長距離バス
 3)列車
 これらの輸送機関における公式ガイドラインはないが,航空機による知見より概ね8時間以上の旅行により感染する危険が大きいと考えてよい。
 患者が上記輸送機関を利用していることが判明した際には,診断した医師は保健所に連絡する。
 保健所は発端患者および接触の状況について調査する。
 調査事項:@活動性結核の感染性の有無(咳の有無,咳の期間),A乗船・乗車時間,B乗船・乗車から患者発見までの期間,C発端患者との座席位置
 連絡:@会社と保健所への通知,A旅客と搭乗員への通知
 連絡に留意し,上記情報を基に接触者健診の実施,内容について検討する。健診を行った際は,事後措置の徹底を図る。
 患者登録地の保健所は輸送機関のある管内保健所および接触者のいる管内保健所と連携し事にあたる。


日本結核病学会予防委員会
委員長 鈴木 公典
副委員長 高松  勇
委 員 片岡 賢治 佐藤 牧人 桜山 豊夫 吉山  崇
山之内菊香 藤岡 正信 沖本 二郎 中西 洋一

前 予防委員会
委員長 山岸 文雄
副委員長 高松  勇
委 員 片岡 賢治 塩谷 隆信 鈴木 公典 森   亨
山之内菊香 五十里 明 沖本 二郎 二宮  清

(出典:結核.Vol.79,No.8:503-506. 2004)

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