肺非結核性抗酸菌症診断に関する見解-2003年

  平成15年4月      

日本結核病学会非定型抗酸菌症対策委員会

 当委員会は1998年に「非定型抗酸菌症の治療に関する見解」1) を発表し,同症の概論,本邦における現況,分離・同定上の注意,治療法についての詳細な解説を行った。しかし診断については,従来よりわが国で繁用されていた国立療養所非定型抗酸菌症共同研究班の診断基準と1997年に発表された米国胸部学会(ATS)2)の診断基準を併記するにとどめた。本報告はこの「見解」を補う形で,わが国における新たな診断基準を提言するものである。重複を避けるため解説は必要最小限度にとどめたので,「治療に関する見解」との併読を推奨する。なお従来わが国では非定型抗酸菌との呼称が一般的であったが,現在世界的にはnontuberculous mycobacteria(非結核性抗酸菌)と呼ばれるのが通常となっているため,本見解でも非結核性抗酸菌との呼称を使用することとした。また今後の使用の便宜を図るため,本見解が提案した新たな基準の呼称を「結核病学会基準」とする。

1.新たな診断基準が必要な理由
 従来本症は比較的まれな疾患で国立療養所等を中心とする結核専門施設で扱うことが多かったが,近年罹患率の相対的・絶対的増加が顕著であり,一般の医療機関で診断される例も増えている3)-5)。特に肺Mycobacterium avium complex (MAC)症では従来の肺結核に類似した病型に代わり,基礎疾患の特にない中高年の女性に発症し,画像的にも中葉・舌区を中心に多発性の小結節や気管支拡張を示す症例が急増している6-9)。一方High Resolution Computed Tomography(HRCT)や気管支鏡の普及および菌の分離・同定法の進歩により,本症の初期とも考えられる症例に接する機会も増えている。加えてクラリスロマイシンや新しいニューキノロン薬が開発され,本症を積極的に治療しようとする傾向も次第に強くなっている1)2)10-13)。以上の諸点より,新たな病型,特にその初期像にも対応し,また HRCTや気管支鏡所見も含み,広く呼吸器科医に理解されうる,新たな本症の診断基準が必要であると判断した。全く同じ必要性からATSの新たな診断基準が1997年に発表されわが国でも既に広く普及しつつある。

2.新たな診断基準の作製の基本的な考え方
 国際的ハーモナイゼーションを考慮し,当診断基準もATSの診断基準を基本的に踏襲している(表1)。ただし現行のATS診断基準の邦訳1)は分かりにくく,かつ菌量の表示に日米間で若干の差がある点を考慮し修正した。米国の培養2+以上は100コロニー以上,塗抹2+以上はガフキ-5号相当(簡易法では2+)以上となる14)。ただし肺Mycobacterium (M.) kansasii症については薬剤効果が高いうえに検体に混入する危険性が低いとの考えから1)15)16),その細菌学的基準を緩和することとした。またATSの診断基準には合致しない肺野孤立結節例の診断基準を新たに定めた。
 非結核性抗酸菌症の診断・治療に関しては世界的に臨床的エビデンスに乏しいのが現状である1)2)17)。特に各国の治療ガイドラインはほとんどが試験管内もしくは動物実験からの判断か,少数例の臨床研究もしくはエキスパートオピニオンを根拠として作成されている。従って,本見解もレベルの高い臨床的エビデンスを根拠としている訳ではない。全国規模の臨床研究を実施しレベルの高い診断・治療のエビデンスを作成していくことが今後の重要な課題である。

表1.肺非結核性抗酸菌症の診断基準(結核病学会基準)
1. 臨床的基準
   肺の慢性感染症に伴う典型的な症状(咳,喀痰,全身倦怠感,喀血,息切れ)や所見(発熱,体重減少,赤沈の亢進,CRPの増加等)のいずれかがあること,かつ症状や所見を呈しうる他疾患(結核,癌,真菌症,肺炎等)が否定できるあるいはそれらの疾患に適切な治療を行っても症状や所見が悪化すること
2. 画像的基準
  a) 胸部X-Pで多発性結節か空洞か2カ月以上続く浸潤影があること(1年以上前からある陰影では徐々に悪化していること)
  b) HRCTで多発性の小結節か肺野の小結節を伴うもしくは伴わない多発性の気管支拡張所見があること
3. 細菌学的基準
  A) M.avium complex
    a) 1年以内で少なくとも3回の喀痰もしくは気管支洗浄液について
抗酸菌塗抹陰性の場合は培養陽性が3回, 抗酸菌塗抹陽性の場合は培養陽性が2回   
    b) 喀痰が得られず気管支洗浄液を1回採取できた場合
培養が100コロニ-以上または塗抹が2+(ガフキー5号相当)以上
ただしHIV陽性を除く全身性の免疫低下がある場合,上記基準の培養を50コロニ-以上とする
  B) M.kansasii
    a) 1年以内で少なくとも2回の喀痰もしくは気管支洗浄液の培養が陽性(菌量は問わず)
    b) 喀痰が得られず気管支洗浄液を1回採取できた場合で培養が陽性(回数・菌量は問わず)
  C) その他の菌種
    a) 1年以内で少なくとも3回の喀痰もしくは気管支洗浄液について
抗酸菌塗抹陰性の場合は培養陽性が3回,抗酸菌塗抹陽性の場合は培養陽性が2回
    b) 喀痰が得られず気管支洗浄液を1回採取できた場合
培養が100コロニ-以上,または塗抹が2+(ガフキ-5号相当)以上
ただし全身性の免疫低下がある場合とHIV陽性でCD4<200の時は上記基準の培養を50コロニ-以上とする
  D) 全ての菌種共通に下記条件のいずれかを満たした場合
    a) 気管支や肺の生検組織からの培養陽性(菌量問わず)
    b) 気管支や肺の生検組織に肉芽腫か抗酸菌が認められ,かつ喀痰または気管支洗浄液からの培養陽性(菌量問わず)
    c) 通常無菌部分(胸水,骨髄,血液,髄液等)からの培養陽性(菌量問わず)
4. 肺野孤立結節例
  画像上の孤立結節を外科的に完全に切除した例で,組織が類上皮細胞肉芽腫でありかつ組織から病原性非結核性抗酸菌が培養された場合(菌量問わず),臨床的基準と画像的基準を満たさなくても例外的に肺非結核性抗酸菌症と診断してよい
  1: 肺非結核性抗酸菌症の診断は肺野孤立結節手術例を除き,上記臨床的・画像的・細菌学的基準のすべてが満たされた場合のみ行う
  2: 基準中a)b)c)の各項目はいずれかを満足すればよい

3.新たな診断基準利用の注意点
 肺野孤立結節例(下記4.)を除き,表1の臨床的基準,画像的基準,細菌学的基準のすべてを満たす必要がある。白血病,悪性リンパ腫,臓器移植後,その他の免疫抑制療法を受けている等で全身性の免疫低下状態が疑われる場合,1回の気管支洗浄液で診断する場合の細菌学的基準が緩和されている点に注意されたい。またHIV陽性でCD4が200未満の場合,MACを除いて同様に緩和されている。これらの気管支洗浄液の細菌学的基準の緩和はATSの診断基準をそのまま踏襲している。ただし先述したとおりM.kansasiiに関しては免疫低下状態の有無にかかわらずATSと比べて細菌学的基準を大幅に緩和している。
 1回の気管支洗浄液で診断する場合を除けば,診断に菌量は不要で液体培地のみでも診断可能である。結核と異なり非結核性抗酸菌症の診断において核酸増幅法はあくまで補助的検査であり18),診断基準には含めないこととした。1回の気管支洗浄液で診断する場合,気管支鏡の汚染による偽陽性の危険性が常に存在するので,各施設で気管支鏡の洗浄の徹底と抗酸菌汚染の有無のチェックを定期的に行う必要がある。
 わが国で肺感染症が報告されている病原性非結核性抗酸菌を表2に呈示した19)。他に北欧で多い肺 M.malmoense17)は今後わが国にも出現する可能性が高いと思われる。これらの菌種以外の非結核性抗酸菌が呼吸器検体から検出された場合,たとえ診断基準を満たしても肺感染症であると診断するにはより慎重な扱いが必要である。
 肺結核治療中に喀痰より非結核性抗酸菌(多くはMAC)が検出されることが時々ある。この場合結核の治療をそのまま続けることで非結核性抗酸菌も消失することが多い20)21)。しかし一部症例では結核治療後非結核性抗酸菌症を発症することが経験されている。複数の菌種の非結核性抗酸菌を同時にまたは時期を隔てて検出することもまれではない。特に M.avium M.intracellulare の混合排菌は時々認められる。また肺MAC症の治療後肺 M.abscessus 症や肺 M.fortuitum 症を発症する例が散見される22)
 たとえ肺非結核性抗酸菌症の診断基準を満たした場合でも,他の呼吸器疾患(特に肺がん)の合併には十分注意する必要がある。本症は肺結核と比べて陰影が多発性のことが多くまた化学療法の効果が弱いため,他疾患の合併の発見に時間がかかる恐れがある。

表2.わが国で肺感染症が報告されている病原性非結核性抗酸菌
しばしば認められる菌種
  M.avium, M.intracellulare , M.kansasii
比較的まれに認められる菌種
  M.abscessus, M.fortuitum, M.chelonae, M.szulgai, M.xenopi, M.nonchromogenicum, M.terrae, M.scrofulaceum, M.gordonae, M.simiae, M.shimoidei, M.thermoresistible
  注:M.avium, M.intracellulareは性状が類似しており,一括してM.avium complex (MAC)と呼ぶことが多い

4.肺野孤立結節例
 症状がなく画像上孤立結節で肺がんの可能性も否定できないため外科的に切除したところ,組織が類上皮細胞肉芽腫でかつ組織から非結核性抗酸菌が培養されたという症例が報告されている23-25)。この場合臨床的基準と画像的基準に合致しないため,ATSの診断基準を満たさないことになる。旧来わが国で用いられてきた非定型抗酸菌症研究協議会の基準26)はこのような場合にも対応しており,診断基準を満たすことになる。当基準ではこのような経過をたどった症例は例外的に診断基準を満たすことにする。なお気管支鏡下の生検やCTガイド下の生検のみで同様の所見を得た場合は他疾患(特に肺がん)の可能性を完全に否定できないため当診断基準には含めないこととした。今後米国の専門家との協議も含めてさらに検討が必要な事項である。外科的切除時塗抹検査と組織診のみ行い培養検査が実施されないと,菌種の同定ができずすべて結核と診断されることになってしまう。術後の化学療法の必要性の判断,また孤立結節型非結核性抗酸菌症診断基準の今後の改定のためにも切除組織の培養検査の重要性を重ねて強調しておきたい。 

5.診断基準と治療の適応,診断基準を満たさない例の扱い
 肺非結核性抗酸菌症と診断された症例の中に,症状も少なく,無治療で数年経過観察しても画像上・臨床上増悪がほとんど見られないか自然軽快する例が存在することが報告されている2)27-29)。このような観察および非結核性抗酸菌症の化学療法の効果が結核と比べて著しく劣る点より,特に肺MAC症では診断基準を満たした症例のすべてが薬剤治療の対象となる訳ではないとの考えがわが国では一般的である29)。しかしATSの新しいガイドラインでは診断基準を満たした症例は基本的に化学療法を行うという方向性が打ち出されており,無治療の場合は頻回の経過観察を生涯行うべきであるとされている2)。また英国胸部学会(BTS)のガイドラインでも積極的な治療が勧められている17)。クラリスロマイシンや新しいニューキノロン薬等従来と比べて有効性の高い薬剤の相次ぐ開発により,非結核性抗酸菌症の化学療法は以前よりは積極的に施行するのが世界的な傾向となっている。70歳未満の症例は一度は化学療法を試みる,また70歳以上の症例では症状が強いか進行が速い場合に化学療法を行うというのが現状でのわが国でのコンセンサスと考えられるが,今後治療の適応に関して全国規模での臨床的検討を行い科学的に定めていく必要がある。特に肺MAC症では,従来の結核類似型の病型と近年増加している小結節・気管支拡張型の病型での臨床経過や治療効果の違いが報告されつつあり2)13)30),今後のさらなる検討が期待される。ただし肺M.kansasii症は無治療では悪化する例が多く化学療法の有効性が比較的高いため基本的に全例が治療の対象となる2)29)
 一方臨床的,画像的に非結核性抗酸菌症の可能性が高いと考えられても,喀痰の細菌学的基準のみ満たさない例も散見する。このような例は非結核性抗酸菌症の早期である可能性も高く,症例に応じて気管支洗浄や経気管支肺生検(TBLB)を積極的に実施し,診断確定に努力すべきである。高齢,基礎疾患等で気管支鏡が困難な場合は,画像・喀痰検査を定期的に実施し,十分な経過観察を行うのがよい。

文献
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日本結核病学会非定型抗酸菌症対策委員会
委員長 坂谷 光則
副委員長 倉島 篤行
委 員 荒井 秀夫

加治木 章
河原  伸 岸 不盡彌
佐藤 滋樹 鈴木 克洋 豊田恵美子 長谷 光雄
前倉 亮治

(出典:結核.Vol.78,No.8:569-572. 2003)

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