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日本結核病学会予防委員会は,「21世紀の結核対策」(平成13年11月)などによって今後の結核対策のあり方について見解を発表してきた。現在検討が行われている結核対策の改訂に関して,主として予防の分野にわたって以下のように考える。これらの大半が従来の見解の確認であるが,一部新たな状況の展開に対応して拡充や補強を行った。
1.BCG接種とツベルクリン反応検査
先般厚生労働省から発表されたBCG再接種の廃止は,それによる利益と負担の両面に照らして適切な決定と考える。ただしこれによって起こる不利益を最小限にするために,乳幼児期の接種の質的・量的確保ならびに接触者健診の拡充などの補完策が十分にとられる必要がある。
乳幼児期の接種については,@早期の接種の奨励,A高い接種率の維持,さらに,B接種技術の向上が望まれる。@のためには接種対象時期を原則として生後12カ月未満とし,これに漏れた者については「4歳に達するまで」に接種の機会を与えることとする。そのため先に厚生科学審議会感染症分科会と同分科会結核部会の合同委員会が発表した乳児期ツベルクリン反応検査の省略による接種手続きの簡便化は意義あるものとして支持する。ただし,既感染者への接種などから考えられる弊害をできるだけ小さくするため,接種に先立つ予診(結核感染源との接触状況の問診)を十分行うこと,接種後の局所変化の異常(コッホ現象による早期の反応や強い反応)への適切な対応について,十分に配慮がなされなければならない。同時に乳幼児期の結核患者発生について,従来の発生動向調査よりも詳細な観察を全国規模で継続的に行うことが必要である。
Aについてはこれも上記合同委員会報告で提言されているところであるが,市町村における1歳半健診,3歳児健診の機会に接種歴を点検し,未接種者に対しては早期の接種を勧奨する。このとき同時に既接種者集団については接種局所を観察し,針痕個数を数えその平均値などを検討することによって地域の接種技術の評価を行う。この評価の結果は必ず接種者側に還元されなければならない。またこの成績を地域保健事業報告に収載するなどして,全国的な状況を明らかにすることも重要である。
乳児期の接種に際して患者接触歴がある者,1歳を過ぎて接種される者については接種に先立ちツベルクリン反応検査を行い,未感染であると判定された者に接種を行う。その技術や判定方法については本学会の作成する手引き等を参考にする。
2.化学予防
これまでの化学予防は日本では主として最近結核感染を受けた若年者を対象として行ってきた。そのため対象年齢も現在は29歳以下に制限されている。ただしBCG接種の影響による適応決定の精度や接触者検診の実施の過不足を考慮すると,現状の化学予防は効果や効率の面で問題がある。さらに現今日本の推定結核既感染者の98%が30歳以上,また結核発病者の約90%がやはり30歳以上であることを考えれば,発病予防の主要な標的はこれら中高年齢にこそあるべきである。とくに既感染であることに加えて何らかの結核発病リスク要因をもっている者を規定できれば,そうした人々に化学予防を行うことは罹患率抑制のうえでも,さらに次世代への感染伝播の予防の上でも効果的であろう。これに鑑み,化学予防適応の年齢制限は廃止すべきである。
厚生労働省はすでに課長通知「高齢者等に対する結核予防総合事業」(平成12年10月11日健医感発89号)によって高齢者の化学予防の実施を特別促進事業で行うことを奨励してきたが,あたらしい制度下では,結核医療(適正医療)として個別にこれが行われるようにすべきである。
この際,適応決定をツベルクリン反応検査のみに依存してBCG既接種者の強い反応を「感染」とすれば,本来不必要な人にみだりに化学予防が行われるようなことが起こりかねない。このようなことのないように注意すべきである。
3.健康診断
定期健康診断の低効率化が問題になっているが,これの原因はその健診の対象集団の多くを占める学生,勤労者の集団の結核罹患率が低くなったこと,同時に健診を定期的に受けるのは一般的な健康管理の機会により恵まれていて,とりわけ罹患率が低い人々に偏っているからであると考えられる。この矛盾を解決するため,積極的な患者発見の努力は,より選択的な健診,つまり結核罹患率が高い,感染の機会が多い,あるいは健康管理の機会に恵まれない人々(以上,ハイリスクグループ),もしくはひとたび発病すると周囲の人々への感染の危険性が大きい職業の人々(デインジャーグループ)のいずれかに向けるべきである。ハイリスクグループとしては,患者接触者,中高齢者(たとえば年齢50歳以上の者),ホームレス,日雇い労働者,零細企業従業員,医療関係者,高齢者社会福祉施設入居・通所者,精神病院入院患者,矯正施設入所者などがある。デインジャーグループとしては医療関係者,教職員,接客業従事者などがある。これらに該当する者のうち発生動向調査の一部として対応がなされる患者接触者を除いては,年齢にかかわらず年1度の胸部X線撮影による健診が行われるよう,体制を整備することが必要である。ハイリスクグループに属する多くの者の場合には一律的な法制度の網にかかりにくいことが多いので,国や都道府県・政令市,保健所や市町村,施設等関連の機関が相補ってこれらにできるだけもれなく対応できるような工夫をすべきである。たとえば現行の結核対策特別促進事業に準じた方策なども一つの選択肢であろう。
なお,高校や大学の入学時,就職時等の「節目」時にはデインジャーグループに準じて胸部X線健診を行うことが望まれる。
また,今回小学校・中学校の学校健診が廃止されるが,一律的な定期健診からハイリスク・デインジャー層を重視した効率的な健診に転換するために,学校健診の廃止と引き換えに,有症状受診の呼びかけ,医療機関での結核の診断を始めとした医療の質の向上,積極的疫学調査(接触者健診)の充実,強化が実現されねばならない。
4.発生動向調査
結核問題の多様化および対策やそのための資源の地域格差が進んでいる現在,結核問題と対策の評価のための発生動向調査はますます重要になっている。このための現行の電算化発生動向調査事業の精度の向上と効果的な活用は重要な課題である。
まず発生動向調査の基礎である患者発生の迅速で漏れない把握が望まれる。そのための情報源として従来は「結核患者を診断した医師」に限定してきたが,今後は欧米の多くの国々にならって結核菌検査を行う施設(検査所)にもその情報提供(届け出)を義務づけることを検討すべきである。またその届け出の精度を確認するために,定期的に健康保険の医療費支払明細請求書と登録の照合を何らかの方法で行う調査を公的に実施することも検討すべきである。また死亡後の登録(死亡直前の診断,死体検案や剖検による死因の診断などのケース)も必要に応じてきちんと行われるように制度を整備する必要がある。これらは単に統計の目的のみでなく,患者の生前の接触者に対する対応の上でも重大な意味がある。また届け出を促進するために医師などからの届け出方法の簡素化なども検討する必要があろう。
次に登録された患者が,その後活動性結核患者でないことが判明した場合には,登録時点に遡って登録から抹消されるように,情報扱いの方式をあらため,登録精度を高める。現行の年報報告にはかなりの者が過剰に新登録患者に含まれていることが先の実態調査で知られている。
患者情報の中では今後は患者コホート情報として受療状況および菌所見の経過の情報の管理が重要になる。これの確実な入手と入力,そして必要に応じた出力がきちんと行われ,その結果が効果的に医療機関や患者に還元されるように,システム側の改善と保健所の関係者の運用の努力がますます必要である。
この制度の効果的な活用の一部として,都道府県・政令市の段階で年に2〜4回程度県・市の発生動向調査委員会を開催し,出力情報にもとづいた結核患者発生および対策の検討を行うべきである。その結果は県・市内の医療機関等関係方面に還元する。
また国では年1回発生動向調査委員会を開催し,やはり出力情報にもとづいた結核患者発生および対策の検討を行うほか,発生動向調査情報の精度やシステムの妥当性についても検討し,常時その改善を図るべきである。
結核患者の接触者に対する措置つまり従来の接触者健診は,あらたに積極的疫学調査として位置づけられる。これは従来「定期外健診」として取り組まれてきたものであるが,見方によっては選択的患者発見として今後重点的に取り組まれるべき事業である。すでに厚生科学研究費研究班からこのような位置づけでの調査の方法が公表されている。従来と比して今後強化されるべき点は,初発患者の社会的活動の中での対人接触,つまり家族以外の勤務先などでの対人接触関係への注目である。多くの場合患者の居住地と勤務先の所轄保健所は一致しないので,2カ所以上の保健所が協議して同一初発患者にかかわる接触者健診を行う必要が出てくる。こうした場合,管内に事業所を多くもつ都市の保健所に過重の負担がかかる事態が予想されるが,居住地保健所が事務・経費の点でも最大限の負担をするように現行制度を見直す必要がある。また対象となる事業所については,その長が健診に協力する(職員等に健診を受けさせる)義務を負うものであることを法的に明らかにすることも必要である。
最後に病原体発生動向調査の拡充も今後の重要な課題である。すべての菌陽性患者の結核菌について,その薬剤感受性,さらにはDNAのRFLP分析結果を収集し蓄積していくことは,今後は流行監視の上でも,また初発患者及び続発患者に対する対応の上でも重要である。この見地にたって,今後は結核研究所やいくつかの地方衛生研究所などにすべての患者の菌株を集約し,このような分析を行うことが有効であろう。
なお,今回BCG再接種や学校健診が廃止され対策が大幅に改定される小児期の結核対策について,今後小児結核の発生が増加しないか,その影響をみるために小児期の結核の発生動向を綿密に継続観察する必要がある。
5.患者支援
結核医療に関しては適正な治療(とくに薬剤組み合わせ方式と治療期間)が患者に提供されることが基本であるが,それと同時にその治療が患者に確実に受け入れられるように患者を支援することが重要である。患者支援には主として保健所保健師があたるが,これを介して患者は福祉機関やその他の関連機関のサービスが受けられるようになる。
結核治療のための患者支援で重要なことは,直接服薬確認あるいはそれに代わるなんらかの規則的な受療の確認を行うことであり,またそれに向けた患者の条件改善の支援である。これについては厚生労働省から課長通知(上記,平成12年10月11日健医感発89号)が21世紀型日本版DOTS戦略として都道府県政令市に実施を奨励しているが,今後はすべての保健所でこれが日常的に実施されることが望まれる。最低限度必要なこととして,保健所は当該患者に関して,患者の受診状況と菌検査成績を定期的に入手するよう努めるべきである。このようなことが保健所・医療機関・患者の協力関係の中で実施可能になるように,国や県市は主治医に対して何らかの(経済的)インセンティブを供与すべきであろう。
最後に日本結核病学会は今後の日本の結核対策が常に最新の科学的根拠に基づき効果的に実施されるように,従来にも増して標準的な基準や方法,考え方を示し,対策を技術的に支援しなければならない。 |