抗酸菌検査の精度管理(1)
市販培地の発育試験成績について

  平成14年10月      

日本結核病学会抗酸菌検査法検討委員会

はじめに
 先の薬剤耐性検査検討委員会(委員長 斎藤 肇)による結核菌薬剤感受性検査法の改訂に引き続く,前抗酸菌検査法検討委員会(委員長 阿部千代治)による新結核菌検査指針2000の上梓から,はや2年が経過したが,わが国の臨床施設への新検査指針の普及には目覚ましいものがある。例えば,わが国の培地メーカーでは,ほとんどの薬剤感受性試験用培地が,新結核菌検査指針に則り比率法のそれに置き換えられてきている。ところで,抗酸菌検査の精度の善し悪しは患者の治療および管理に直接影響すること,他方,検査の精度は検査技師の熟練度,検査に用いる培地や試薬,検査材料により左右されることは周知の事実であり,今回は前委員会からの申し送り事項に従い,新結核菌検査指針に則った抗酸菌検査法の精度管理試験を進めることとし,その第一歩として,わが国の市販卵培地の発育試験を複数の施設で行い,得られた成績の比較検討を試みることとした。
 本報告書は,今回の発育試験で得られた成績について,平成14年4月15日開催の抗酸菌検査法検討委員会および4月17日開催の培地メーカー3社からのオブザーバー3名(いずれも結核病学会会員)を含む抗酸菌検査法検討委員会小委員会での協議内容を基に作成したものである。

材料および方法
1.供試菌株
 結核予防会結核研究所より送付された Mycobacterium.tuberculosis H37Ra株(ATCC25177株),M.kansasii ATCC12478株,M.scrofulaceum ATCC19981株,M.intracellulare ATCC13950株およびM.fortuitum ATCC6841株の標準5菌株を用いた。

2.供試培地
 3培地メーカーから提供された以下の5種の卵培地,すなわち,2%小川培地-極東(極東製薬工業),2%小川培地-極東(S)(極東製薬工業),極東2%ビット培地(極東製薬工業),工藤PD培地“ニチビー”(日本BCG製造)および2%小川PS培地「ニッスイ」(日水製薬)の各同一ロットの培地が実験参加者に配付された。ところで,今回の試験に用いた培地は,既にメーカー側で無菌試験を済ませたものであるが,輸送中でのトラブルによる汚染の可能性を考慮し,NCCLSの「製造ロットの1〜3%の培地を無菌試験に用いる」とする勧告を参考にして,1検体について各2本ずつの培地を無菌試験用に供試した。なお,今回供試のいずれの培地にも雑菌汚染は認められなかった。

3.接種菌浮遊液の調製
 白金耳で小川培地培養菌(4週以内)の数コロニー分をかき取り,0.05% Tween 80 加 Middlebrook 7H9液体培地(5 ml)を分注したスクリューキャップ付中試験管に接種した。この際,ガラスビーズは使用せずに,菌塊を試験管壁でこすりつぶしながら OD540 が 0.03〜0.05 程度となるように分散させることにより供試菌を接種した。そして, 遅発育菌は36±1℃で5〜10日間, 迅速発育菌は36±1℃で2〜3日間保ち,McFarland No.0.5 程度になるまで培養した。培養終了後,ボルテックスミキサーで撹拌後,30分間放置し大きな菌塊が沈むのをまって,上部の菌浮遊液を別の試験管に移し,McFarland No.0.5 (OD540=0.1) の濁度に調整した。これを接種菌原液として,冷滅菌蒸留水で 1:100 (10(-2)),1:1,000(10(-3)),1:10,000 (10(-4))に希釈し,これらを接種用菌液として用いた。

4.供試卵培地への菌液の接種
 各メーカーの卵培地を1試験菌株ごとに計6本用意し,上記の接種用菌液(10(-2)〜10(-4)希釈)を各々2本ずつの培地に接種した。菌接種に際しては,予め試験管を逆さにし凝固水をアルコール綿で受けて除いた培地に,各希釈菌液の 0.1ml ずつを接種後,培地全面に広げキャップを少し緩めて,斜面台に並べ 36±1℃で培養した。培養2〜3日後に培地表面が乾いた時点でキャップを締め,試験管立てに立てて,さらに培養を続けた。


表1. 集落初発所要日数を指標とした場合の供試5種卵培地の発育支持能の優劣についての各施設ごとの比較
検査
施設
発育支持能*
M.tuberculosis M.kansasii M.scrofulaceum M.intracellulare M.fortuitum
I** E > A = B > D = C*** E > A = B > C = D E > D > A = B = C E > A = B = D > C A = B = C = D = E
II E > A = B = D = C 判定不能 E > A = B = C = D E > A = B = D > C A = B = C = D = E
III E > A > B = D > C E > A = B = C = D E > A = B = C = D 判定不能 A = B = C = D = E
IV E > A = B = D = C E > A = B = C = D E > A = D > B = C E > D > A = B > C A = B = C = D = E
V E > A = B = D = C E = D > C > A = B A = B = C = D = E E > A = B = C = D A = B = C = D = E
VI E > A = B = D > C E > A = B = C = D E > B = D > A > C 判定不能 A = B = C = D = E
VII E > A = B = D = C B = D = E > A > C E > A = B = D > C E > D > B > A > C A = B = C = D = E
VIII E > A = B > D > C A = B = C = D = E B > A = D = E > C B = E > D > A > C A = B = C = D = E
* 集落初発所要日数を指標とした場合の各培地の発育支持能。集落検出までの所要日数が少ない培地ほど供試
抗酸菌に対する発育支持能が高いものと看做される。
** I〜VIIIは今回の発育試験に参加した施設を匿名化した番号である。
*** A, B, C, D, Eは今回供試した卵培地を匿名化した番号である。

5.培養結果の観察および記録
 M.fortuitum は培養開始翌日より毎日,また M.tuberculosis 以下4種の遅発育菌は隔日観察を行い,集落が肉眼で観察されるまでに要した日数(集落初発所要日数)を求めた。なお,観察日が土曜,日曜にかかる場合は月曜日に観察し,その時点で初めて集落形成がみられた場合には,集落初発日は月曜日とみなした。さらに今回の検討では,培養2週目または3週目(迅速菌は1週目)における集落の数と大きさの観察・記録も併せて行った。

結果および考察
1.発育試験の成績

(1)集落検出までの所要日数
 表1は,今回供試した A〜E の5種類の市販卵培地(培地の番号は匿名化してある)に供試5菌株を接種した場合の,集落初発所要日数を指標としての各卵培地の発育支持能の優劣について比較した成績を,参加施設ごとにまとめたものである(参加施設の番号も匿名化してある)。なお,この表には200個未満の集落数がみられた希釈系列での成績を示した。その結果,供試菌種によって成績は若干異なるものの,全体としてはE 培地での集落形成が最も早く,C 培地では他の培地に比べて集落形成がやや遅れる傾向が認められた。 しかしながら,培地間での集落初発日数の差は多い場合でも高々 2〜3 日にすぎず,さらに集落検出の最も速やかな E 培地にしても,この培地での発育菌を用いて菌種の同定や薬剤感受性試験を行うためには,結局は他の培地と同程度の更なる培養期間が必要であるので,集落発育の検出期間が短いことがすなわち抗酸菌検査において特に有利であるものとは看做し難い。従って,集落初発所要日数を指標としてみた場合には,全体的には,各培地間での供試抗酸菌の発育支持能には大きな優劣の差はみられないものと結論付けられよう。なお,迅速発育菌である M.fortuitum の集落初発所要日数には,今回供試した5種の培地間での差は全くみられなかった。

(2)発育集落数
 詳細な成績は省くが,今回供試した5種の培地での発育集落数については,いずれの施設の成績でも,各培地間には特に大きな差は認められなかった。ところで今回の発育試験では,全施設において同一のプロトコールに準拠して接種菌を調製したにもかかわらず,各施設間で M.kansasiiM.intracellulare の発育集落数に大きな差がみられた。例えば M.kansasii については8施設中2施設(施設IIとVII),また M.intracellulare については8施設中2施設(施設IIIとVI)の報告した集落数は,他施設のそれに比べて1/20〜1/100 程度と極めて少ないものであった。これらの施設では,何らかの原因で接種菌の発育が不良な状況が招来されたのであろうが,興味深いことに M.intracellulare の成績についてみると,施設 III,VIのいずれにあっても,培地Dを用いた場合では他の4種の培地を用いた場合に比べて10倍以上の集落が検出されている。いずれにしても,今回供試した卵培地間の抗酸菌発育支持能の優劣パターンは,菌種によりかなり変動するもののようである。これに関連して,M.intracellulare には良好な発育支持能を示した培地 D は,結核菌に対しては特に優れた発育支持能を示してはおらず(表1),菌種と培地との組み合わせには何らかの相性があるのかも知れない。これらの点については今後さらなる検討が必要となろう。

(3)発育集落の大きさ
 発育集落の大きさは,培地に発育した集落数により大きく左右されるので比較は容易ではないが,表2には培地間で比較した成績を報告した3施設(施設I, III, VIII)の結果を示した。表より明らかなごとく,各施設ごとの評価はかなり異なっており,一定の結論を得ることはできなかった。しかしながら,M.tuberculosisM.intracellulare などの菌種については,C 培地上での発育集落が他の培地でのそれに比べてやや小さい傾向が認められている。


表2. 供試5種卵培地上に発育した集落の大きさの比較
検査
施設
集落の大きさ
M.tuberculosis M.kansasii M.scrofulaceum M.intracellulare M.fortuitum
I A > E > B > D > C A > E > C > B = D D > E > A > B = C B = D > A > E > C E > D > A > C > B
III E > A = D > B > C E > A = C > B = D A = B = C = D = E D > A = B = C = E A = B = C = D = E
VIII A = B = E > D > C E > A = B = D > C A = B = D > E > C B > D > A > E > C A = B = C = D = E


2.その他の特記事項
 今回の発育試験を実施した各委員より寄せられた意見および特記事項,ならびにそれらに対する培地メーカー側からの回答は以下のとおりである。
(1)試験管のサイズ
 試験管のサイズについては,供試卵培地間で若干の差があり,培地BとDは培地AおよびEよりわずか(1mm以下)であるが太い。
(2)試験管のキャップ
 キャップがきつすぎるものと逆に少し緩めのものがある。培地CとDはきつすぎるのに対し,培地AとEは緩めである。これは試験管の太さと関連しているのかも知れない。緩めのキャップを使用した場合,保存中に凝固水の蒸発が起こりやすく,一方,あまりにもきつすぎるキャップの場合は作業効率が著しく低下するので好ましくないが,培養中の安全性などの面も考慮すると,ややきつめのキャップの方が良いのではないかと考えられる。
(3)培地の外観
 供試卵培地間で培地の斜面の長さにかなりの差がみられた。培地CとDは他の3培地と比べ斜面の長さが短かった。
(4)凝固水の量
 今回供試のいずれの培地とも良好であったが,今回供試した卵培地は全て培地メーカーから試験用に分与されたものであり,それなりに良い条件のものが配付された可能性は否定出来ない。例えば,市販ルートで入手したものには往々にして凝固水の少ないもの,あるいは全くないものがある。この凝固水の問題については,培地メーカー側より,メーカーによっては培地を寝かせて箱詰めして発送することがあり,この場合は凝固水は乾燥してなくなっている訳ではなく,培地中にしみ込んだか,あるいは培地と試験管のガラス面との間に溜まっているものと考えられるとの回答があった。しかし,この回答に関連して,キャップの緩めの試験管の培地では,それを立てた状態で入手された場合にあっても,このようなことがまま見られるとの意見が寄せられている。
(5)培地の硬さ
 昨今の卵培地は昔のものに比べて柔らかくなっており,白金耳を用いての植菌時に傷がつきやすい。この点については,培地メーカーより,培地の凝固法(多段式,熱風式)により凝固の条件が異なるし,また,発育支持能が最良になるように凝固の温度管理をすると,どうしても培地は少し柔らかくなってしまう傾向があるとの回答を得ている。
(6)培地のpH
 今回の発育試験に参加した委員より,1社の培地はpHの記載があるが(pH6.5),他の2社の培地にはそうした記載がなく,マラカイトグリーンの色調からみてやや低めなような感じがするとの意見があった。これに対して,培地メーカーからは,@マラカイトグリーンは試薬メーカーにより色調が違うので,pH の違いを直接反映するものではない,A培地の pH は従前の検査指針の記載に若干問題があったので,表記していないメーカーもある,Bメーカーとしては,pH は凝固前の培地について測定しており,常に pH6.5〜6.8 に調整している,との回答があった。なお,この回答に対しては,凝固後の凝固水についての pH 測定も必要なのではないかとの委員の意見が寄せられている。
(7)培地の卵成分の季節変動
 発育試験に参加した委員より,夏場には卵成分が冬場に比べて大きく変化しており,問題があるのではないかとの疑問が呈されたが,この点については,培地メーカーより,@確かに夏場は卵が水っぽくなり pH が 0.2 ほど低下するが,発育支持能が目に見えて低下するようなことはない,また,A培地成分については,バッチごとに製品管理を行っているが,その成績が出るころには実際には出荷し終わっていることが多い,との回答があった。

結論
 今回実施した市販卵培地の発育試験の結果,以下の結論が得られた。
1)今回の試験に用いた5種の卵培地は,いずれも凝固水が十分に残っており,保存状態は良好であった。
2)新鮮臨床分離株を用いた場合にはある程度の差が出る可能性も否定出来ないが,少なくとも標準株を用いたかぎりでは,発育日数,集落の大きさ,発育した集落数の点からみて,各培地間の抗酸菌発育支持能には特に大きな優劣の差はみられなかった。 
 以上の成績から考えて,現在わが国で市販されている卵培地については,いずれの培地を使用しても遜色ない培養結果が得られるものと思われる。

謝辞
 今回の精度管理試験は一部日本結核病学会よりの資金援助を受けて実施されたものであり,また供試卵培地はすべて極東製薬工業株式会社,日本BCG製造株式会社,日水製薬株式会社のご好意により分与を受けたものであります。ここに謝意を表します。

追記:詳細なデ−タ−の開示をご希望の方は委員長までご連絡ください。


           


日本結核病学会抗酸菌検査法検討委員会
委員長 ○冨岡 治明 
副委員長 ○阿部千代治
委 員  飯沼 由嗣

○小栗 豊子 

鎌田 有珠 
 古賀 宏延
 小林 和夫 ○斎藤  肇 竹山 博泰  長沢 光章
○長谷川直樹 ○樋口 武史 本田 芳宏 ○山崎 利雄
○和田 光一

(○は実験担当代表者)

(出典:結核.Vol.78, No.1:61-64. 2003)

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