21世紀の結核対策
平成13年11月
日本結核病学会予防委員会
日本結核病学会予防委員会では2030年代の結核根絶を達成することを目標に,1990年代の結核対策および研究について提言を行った。(平成2年10月,結核.1991;66:323-350)。そしてこの提言がどのように発展したかを検証し,あわせて21世紀の到来を目前に控えて新たな目標を掲げ,当委員会は再び結核研究と対策について提言を行った(平成11年4月,結核.1999;74:623-652)。一方,結核対策の強化・見直しを行うための基礎資料とするために,厚生省(現・厚生労働省)は平成12年9月から「結核緊急実態調査」を行い,13年3月にその結果を報告した。また日本の結核対策に関する国際的な視野からの批判的総括が外国の専門家を招聘して行われた(平成13年1月,資料と展望.2001;37:65-72)。さらに平成13年7月に行われた第1回厚生科学審議会感染症分科会結核部会で,「結核実態調査」報告に基づき13年度内をめどに結核対策全般にわたって中長期的視野からの見直し,検討が開始されている。当委員会ではこれらの結果をふまえ,今後の結核対策のありかたについて新たな提言を行うこととした。
1.はじめに
かつて「国民病」といわれた我が国の結核の状況は,1951年に現行の結核予防法が制定され公費負担制度が確立したこと,および生活環境の改善や医学の進歩などにより著しく改善され,1951年には新登録患者数約60万人,死亡者数約10万人いたものが1996年には新登録患者数約4万2千人,死亡者数約3千人と50年足らずの間に,それぞれ約1/14,約1/33と大幅に減少した。しかし1997年には38年ぶりに前年に比較して新登録患者数が増加し,また43年ぶりに罹患率も上昇したことに加え,多剤耐性結核の問題,結核集団感染の多発,高齢者における結核の増加などの問題が出現していることにより,厚生大臣から「結核緊急事態」が宣言された。我が国の人口構成は少子高齢化が進み,65歳以上の老人人口は国勢調査報告によると,1970年7.1%,1980年9.1%,1990年12.0%,2000年17.5%と高齢化の傾向はさらに著しく,また高齢になるほど結核罹患率は上昇することより,今後は高齢化に視点を当てた結核対策が重要になってくる。さらに新登録患者数および結核罹患率は1997年のみならず1998年,1999年と3年連続して上昇したこと,また結核対策技術や認識の進歩が現行の対策に十分取り入れられていないこともあり,国の抜本的な結核対策の見直しが必要となってきている。
2.患者発見
@集団検診の見直し
最近の肺結核患者の発見方法では,約80%が有症状受診で診断されているが,健康診断で発見される者は残りの約20%にすぎない。そのうち定期検診での発見は17%であり,残りの3%が定期外検診の発見である。定期検診での結核患者の発見効率はきわめて低く,対受診者発見率は一般住民では0.016%,事業所では0.006%である。この非効率の原因としては,結核蔓延率が低くなったことによるが,一方では結核発病のリスクが高い者ほど検診を受けにくいという状況も加味されている。そこで現在無差別的スクリ−ニングとして行われている定期検診を廃止ないし対象を大幅に集約して,結核発病のハイリスクグル−プに重点をおいた検診を導入すべきであると考えられる。その方法として従来の定期検診を,対象年齢を罹患率の高い高齢者に限定したり,結核高蔓延国から来た人々,飯場やホ−ムレスの人々などを対象とする選択的検診に改編する方法が考えられる。
A接触者検診の徹底
定期外検診のうち,接触者検診での患者発見率は0.52%と定期検診に比較して著しく高率であり,患者発見方法としての接触者検診は重要である。初発患者が喀痰塗抹陽性初回治療であった場合には,その87%について接触者検診が行われているが,接触者検診の実施状況にはばらつきがあり,新登録患者1人当たりの接触者検診件数は保健所間で大きな差が認められる。接触者検診を実施する上で,その範囲や方法を決定するために必要な情報を得るために患者への保健婦の面接を強化することが必要である。そのためには保健所長は業務量に応じて保健婦を配置すべきである。また接触者検診の計画や実施に協力しない個人や事業所に対しては,人権を十分に配慮した上で法的な措置が必要である。
3.医療
@適正医療・医療の基準
今後,社会的弱者(生活保護に該当しない水準の生活困窮者を含めて)に患者が増加していくことが考えられており,このような結核患者に医療をきちんと完遂させるために,結核医療費の公費負担制度は入院・外来を問わず維持する必要がある。これは入院の強制や接触者への対応などに関しては多少なりとも人権の制約を伴う措置を公的責任の中で行っていく場合の必要な代償でもあろう。
国民に対する良質な結核医療の提供を確保するため,国および地方自治体は引き続き努力しなくてはならない。とくに結核の医療を担当する医療施設・従事者の数量の確保,それらの技術水準の向上,薬剤の安定的供給,時代にみあった最高水準の方式の薬剤・検査等が与えられることなどが重要である。医療機関の確保については,結核医療が院内感染防止に関して様々な負担が大きいことを鑑みて,特段の配慮がなされる必要がある。
医療の基準に沿った治療方式・治療期間が適正に選択されるように,保健所の結核診査協議会は指導力を十分に発揮しなくてはならない。
結核菌に対する効果が認められているにもかかわらず,抗結核薬として未承認のニュ−キノロン系薬剤は早急な承認が必要である。さらに現在結核として扱われている非定型抗酸菌症については,本来的に非定型抗酸菌症として健康保険で治療されるべきであり,そのために必要な医薬の承認などを早急に進める必要がある。
患者の治療継続のために保健所と主治医の間で情報の共有による連携が重要であり,これを推進する制度を導入する必要がある。また最近は多様な菌検査法が開発され普及しつつあるが,これを含めて菌検査の精度管理については権威ある機関による評価と指導が全国的に行われるようにすることが望まれる。
A入院治療
結核患者の入院治療についての適用は,1)感染防止,2)治療継続(治療が中断・放置されれば将来相当の蓋然性をもって増大すると予想される感染リスクの防止のため),3)重篤な合併症や副作用,全身状態の管理の3通りが考えられ,空気感染を制御する施設への収容が必要である。その具体的な基準については別途設定し,またその運用については自治体に設置する審議会で人権への十分な配慮のもとで審議されるべきである。現在行われている一般病床への結核患者収容モデル事業をさらに推進し,とくに特定機能病院はこの病床を持つことの義務づけを検討する。
4.予防
@BCG
乳幼児に対するBCGの初回接種は,その効果,安全性などにより,乳幼児における結核感染のリスクが低下するまで現状では継続して行う必要がある。とくに小児結核の罹患率の高い地域では,できるだけ早期の接種が必要である。なお乳幼児早期,たとえば生後6カ月以内などに接種が行われる場合,菌陽性肺結核患者との明らかな接触がなければ,ツベルクリン反応検査を省略することも地域に応じて検討すべきである。また個別接種が普及していることもあり,接種率や接種技術の確保,健康被害の防止と救済については公的責任において十分な配慮をする必要がある。
小中学生に対する接種(再接種)は,過去の接種による免疫の再強化を主目的に行われているが,その意義に関しては国際的には強い疑問が持たれている。原則として学童期に行うBCGの再接種は中止する方向で検討を要するが,例外的に結核高蔓延地域に関しては,地方自治体の裁量で継続,対象の設定などが行えるようにするかどうかについても検討を要する。
A化学予防
現在の化学予防の対象者は年齢を29歳以下とし,感染に関する基準は感染源との接触,BCG接種の既往などを考慮し,ツベルクリン反応の結果により定められている。しかし,結核発病のリスクの大きい者に対しては年齢によらず化学予防は行われるべきであり,年齢制限を廃止して公費負担の対象とすべきである。ただしその適用基準については,年齢その他の関連要因別に設定される必要がある。実施方法はINH単独のみならず他の薬剤,例えばRFP,RFP+PZAなどについて,またその投与期間についても検討されるべきである。なお感染源が多剤耐性である場合の薬剤方式についても検討を要する。
B院内感染防止対策
医療施設における院内感染防止対策は,本学会予防委員会の出した声明に沿ったものになるよう努めなくてはならない。院内感染防止対策として最も重要なことは結核の早期診断であり,そのためには医学教育や医師研修等の中で,結核に対する啓発をより強くしなくてはならない。また療養型病床群,老人保健施設などの長期療養施設,精神病院の患者や入所者等は結核発病のハイリスク集団であり,定期検診を制度化する。
5.患者発生届けと発生動向調査
@患者発生届けの徹底
結核患者の発生届けは遅れや漏れがないよう,関係者への義務付けの強化が望まれる。肺外結核,死後に診断が確定した例,剖検や死体検案での診断例なども必ず届け出を行うように周知徹底することが必要である。保健所は届け出に引き続き患者登録を行い,これに基づいて患者面接および接触者対策,発生動向調査などを行う。結核患者が病院に入院し,また病院を退院した場合にも,病院は遅滞なくその届けを所轄保健所へ提出することの義務付けを強化するが,これら届けはその様式を簡素化し,医師・病院などの負担の軽減を計る。さらに結核患者発生届けを徹底させるため,検査センタ−(一般病院の検査室も含む)からの届け出を義務化することも望まれる。
A発生動向調査
結核治療を行っている医師に対し,治療経過情報を含め最終的な治療成績の届け出を義務化する。また現在行われているシステムに加え,病原体情報の広域ネットワ−ク化が望まれている。疫学的状況や結核感染経路の検索などのため,結核菌DNA情報(RFLP分析パタ−ンなど)を導入するかどうかなどについて,プライバシ−保護の問題も含めて今後検討を加える必要がある。
6.結核対策
@地域格差
拡大しつつある結核蔓延状況,および対策のための資源の地域格差に鑑みて,都道府県・政令市は自治体独自の結核改善を目標とした計画を立案実施することが望まれる。国はこれを必要に応じて支援すべきである。これによって個々の対策が地域の実情に即した効果的なものとなり,同時により効果的なものとなることが期待される。
A保健所機能
地域における結核対策の推進に当たり,保健所は行政サ−ビスの中枢としてその機能を十分発揮する必要がある。とくに市町村や事業所等における対策活動の技術的な支援や監督・調整を行うこと,および患者管理や接触者への対応に関し,医療機関や関連機関等との連携を密に行うことがとくに重要である。
保健所の結核診査協議会は権威ある機関として,その権限の強化を付与し,医療の基準に沿った治療方式・治療期間であるかどうかを厳格に診査する。一方,結核専門家が減少した今日,診査協議会の保健所間の格差が生じてきている。現在行われている保健所ごとの診査協議会を都道府県ごとに1ないし数カ所に統合する。同時に診査の結果が患者やその関係者の人権の制限につながるような場合には,診査が医療関係者のみならず広く一般市民を代表する識者の参加の下に行われる必要がある。
B普及・啓発
国および地方自治体は結核対策の推進のために対策関係者および一般国民に対して結核問題に対する認識を高め,必要な知識や技術を伝えるための努力をすべきである。これには医師など医療関係者の卒業前・卒業後の教育,関連職の団体における研修等が含まれる。
C研究および国際協力
国および地方自治体は結核対策のための研究を推進するために,必要な措置を講じる必要がある。また国際交流の機会の増加に伴い結核高蔓延国から結核患者の日本への流入が今後ますます増えることに鑑み,さらに全地球的な社会主義の立場に立って,日本が途上国の結核対策の向上に対して国際的な貢献を果たすことがますます重要な意義を持つようになる。このことも国および地方自治体は十分に認識して,対応しなくてはならない。
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