非定型抗酸菌症の治療に関する見解ー1998年

 

平成10年8月

非定型抗酸菌症対策委員会報告

  
 日本結核病学会治療委員会は1987年に「非定型抗酸菌症の治療に関する見解」を発表したが1)、 本委員会は, 最近の10年間の非定型抗酸菌症に関する研究の進歩を踏まえて, 「非定型抗酸菌症の治療に関する見解ー1998年」を 公表することとした。

  

1.概  説
 非定型抗酸菌とは, 抗酸菌の中で結核菌群(Mycobacterium tuberculosis complex : M.tuberculosis および,  これと類似の M.bovis, M.africanum, M.microti を一括)を除く培養可能な抗酸菌を一括した呼称であり, それによる感染症は 非定型抗酸菌症と呼ばれている。
 非定型抗酸菌は atypical mycobacteria の邦訳であり, 外国では atypical と言う表現は必ずしも適当でないとして, nontuber culous mycobacteria と呼ばれることが多くなり, わが国でも専門家の間では非結核性抗酸菌の名称が使われるようになった。しか し, 一般には非定型抗酸菌が慣用的に使われており, 本委員会の名称も非定型抗酸菌症対策委員会であること, 厚生省の定めてい る結核の活動性分類にも非定型抗酸菌の名称が使用されているため, 本委員会では非定型抗酸菌の名称を使用することとする。
 非定型抗酸菌は Runyon によりJ〜M群に大別されているが, 最近では臨床上遭遇する大多数の菌を一定の菌種(species)に鑑別・ 同定出来るので 2) 3) (表1), それぞれの菌を菌種名で呼び, それによる疾患もその菌種名を附し た感染症(例えば M.kansasii 感染症)と呼ぶのが正しい。
 これらの菌は塵埃, 土壌, 水などの自然界に由来すると考えられており, 患者家族や大量排菌者との接触者からの発病例がほと んどないことから, ヒトからヒトへの感染は無視しうると考えられている(脚注1)。
 非定型抗酸菌症のほとんどは肺疾患であり, 肺結核類似の有空洞の肺感染症をおこす。M.avium complex(脚注2)感染症では,  その早期像として中下肺野の多発性の小結節や気管支拡張像が注目されており3) 4), これらから 進展して慢性気道感染症の病像を呈する例が中高齢の女性を中心に目立つようになっている。少数例では皮膚疾患, リンパ節炎や全身 播種型などの肺外疾患をおこすこともある。非定型抗酸菌は一般に毒力が弱く, 日和見感染症の起炎菌としての側面を有し, 肺に 基礎疾患を有するものや, 宿主の抵抗力の減弱にともなって発症することが多い。
 細胞性免疫能の低下しているAIDS患者では, 結核のみならず, 全身播種型の M.acium complex 感染症や時には M.kansasii 感染症などの抗酸菌症が致命的な合併症となることが知られているが, 1990年代に入って, 欧米各国ではAIDS患者の増加にともなって,  従来症例報告の少なかった M.haemophilum などの感染症が多くなり, 今後増加する(emerging pathogen)として注目されている。さら にこれまで知られていなかった新菌種による感染症例の報告が相次いでおり, なかでも M.genavense, および M.celatum が注目すべき菌 種である3)

表1 ヒトに対する起病性別
に見た抗酸菌

2.わが国における非定型抗酸菌症の現況
 国立療養所非定型抗酸菌症共同研究班など73施設についての調査によれば5), 肺非定型抗酸菌症の 年間発生率は人口10万対1.5−2.5で1985−1992年の間増加傾向にある。また, 肺結核患者の減少にともなって抗酸菌症中の非定型 抗酸菌症の占める比率は上昇しつつあり, 1992年には, これらの施設に年々新たに入院する抗酸菌陽性患者の中に非定型抗酸菌症 患者の占める比率は16%に達している。
 菌種別で最も重要なものは, M.avium complex 感染症で, 全非定型抗酸菌症の70%を占めている。近畿地方を含めた東日本 では M.avium 感染症が多く, 西日本では M.intracellulare 感染症が多い。また, AIDS 患者においては M.avium による全身播種型感染症が多い。非定型抗酸菌症の中で次に重要なものは, M.kansasii 感染症で, 最近, 発生率が増加して 全非定型抗酸菌症の20%に達し, 以前は東京およびその周辺に限られていた発生が全国に及んでいる。また, M.scrofulaceum, M.szulgai, M.nonchromogenicum, M.fortuitum, M.chelonae, M.abscessus, M.xenopi などによる感染症が出現ないし増加し, 非定型抗酸菌症の多様化がみられてい る 5)6)。さらに新しい菌種についての留意も必要である。

3.非定型抗酸菌の分離同定上の注意
 病的材料からの非定型抗酸菌の分離は, 結核菌の分離培養に準じ, 小川培地を用いて行われるが, 最近は液体培地, なかんず く蛍光発色によって抗酸菌を迅速に検出しうる「BBL TM MGIT TM 抗酸菌検出」による培養システムが, 従来の卵培地より, 検出率, 検出所要日数共に優れていることが明らかにされ, 検出まで の平均日数が7日となった 7) 8)。しかし, 排菌量の測定に問題が残っている。非定型抗酸菌は結核菌に 比してアルカリに弱いので, 前処置法として NALC-NaOH を用いることが推奨されている。
 AIDS患者では全身播種型の M.avium complex 感染症をおこすので, 不明熱が続く場合は, 喀痰のみでなく, 血液培養や便の 培養を頻回に行うべきで, 肝生検や骨髄生検もその診断に有用である。
 非定型抗酸菌には至適発育温度が37℃より高い菌種, 低い菌種があるため, 治療前に塗抹陽性培養陰性の場合は, M.xenopi では 43-45℃, M.marinum, M.chelonae では 28-33℃ で分離を試みる必要がある。皮膚感染を疑う場合は, 培養温度を28℃と 37℃の2種類用いる。
 孵卵器の扉を開けたままにして, 培養株を長く光にあてると, 光発色菌が発色して判定を誤ることがあるので注意する。
 培養した菌は@抗酸菌であることの確認, A抗酸菌の同定の順で検査を行う。@抗酸菌であることの確認は, Ziehl-Neelsen 染色で行い, 蛍光法のみでは不十分である。A抗酸菌の同定は, まず結核菌群および M.avium complex 鑑別同定用キットである 「アキュプロ−ブ結核菌群同定」および「アキュプロ−ブ マイコバクテリウム アビウム コンプレックス」を用いて, いずれ の菌であるかの決定を行う。これらのキットのいずれとも反応しない菌株は「DDH マイコバクテリア極東」, さらには従来より使用 されている生化学反応を主体とした簡易同定キットである「極東抗酸菌鑑別セット」を用いて菌を同定する。簡易同定キットは同定 キットに指示された反応がすべて適合する場合にのみ同定結果を信用する。上述した方法によっても同定不可能な場合には, 専門 施設に同定を依頼することが望ましい

4.非定型抗酸菌症の診断基準
 本症の診断基準には日比野・山本の診断基準9)(それを改良した非定型抗酸菌症研究協議会の診断基準10)) および国立療養所非定型抗酸菌症共同研究班の診断基準11))(表2)がある。前者が満たされれば 確実に本症と診断しうるが, 厳格過ぎるきらいがあり, 本症を見逃さないためには後者が便利である。表2の診断基準は M.avium complex 感染症について検討されたもので, M.kansasii 感染症では菌が 複数回検出されれば, 集落数を問わず感染症例としてよい。これらは主に非定型抗酸菌の検出回数および排菌量を判定基準とし,  抗酸菌症と一過性の分離との鑑別を行うことを主眼としたものである。しかし, 画像診断および分離同定法の発展, 気管支ファイ バ−スコ−プの普及に伴う検体採取法の進歩により, 従来の診断基準では当てはまらない初期の非定型抗酸菌症が注目されており,  この点を考慮した American Thoracic Society の診断基準3)を表3にしめす。

表2 非定型抗酸菌症(肺感染症)
の診断基準

表3 American Thoracic Society
の診断基準 -ATS 1997年-

5.非定型抗酸菌症の治療
 非定型抗酸菌症の標準的な化学療法の方式は確立されておらず, 経験的に抗結核薬を中心とした多剤併用療法が行われている。 また, 結核菌に対する薬剤感受性検査法をそのまま非定型抗酸菌に適応することには問題があり, その薬剤感受性検査法の確立 および各薬剤の臨床的有効性の評価が急務である。米国では M.avium complex 感染症に対するクラリスロマイシン(CAM) および M.kansasii 感染症に対するリファンピシン(RFP) の薬剤感受性検査以外の非定型抗酸菌に対する各種薬剤の薬剤感受性検査の臨床 的意義を疑問視する意見もある3)
 非定型抗酸菌のうち, 薬剤感受性を示す M.kansasii, M.szulgai 感染症の治療は比較的容易であるが, 薬剤感受性に乏しい M.avium complex, M.fortuitum, M.scrofulaceum, M.chelonae 感染症の治療は困難なことが多い。
 ニュ−キノロンやニュ−マクロライドの一部が数種の非定型抗酸菌の発育を阻止することが知られるようになり, 治療薬として 考えられている。
 隔離のためのみの入院は必要ないが, 重症例の治療, 合併症の治療,  多剤併用療法の副作用の監視などのために入院が必 要な場合もある。
1)M.avium complex 感染症
 ストレプトマイシン(SM), カナマイシン(KM), エンビオマイシン(EVM), のうち1薬の注射に, エタンブト−ル(EB), RFPを 加えた3薬, あるいはこれにイソニコチン酸ヒドラジド(INH)を加えた4薬併用が一般的である(米国では 近年 INH の効果に疑問を抱く研究者もある)12) 13)。最近わが国でもCAMの1日600r以上をこれ らに加えると難治例にもある程度有効との成績が得られている14)。また国療共同研究班の中間 報告によれば, CAM を主薬として2〜3薬の抗結核薬との併用療法で, 早期例の多い初回治療では約 80% の症例が排菌陰性化し,  2年後でもその効果が持続しているとする成績が得られている15)。しかし, CAM は現時点では 非定型抗酸菌症に対する健康保険の適応は認められていない。これらに反応しない場合には, シプロフロキサシン(CPFX), スパ ルフロキサシン(SPFX)やレボフロキサシン(LVFX)などのニュ−キノロン, エチオナミド(TH), サイクロセリン(CS), アミカシン (AMK)などを加える。ニュ−キノロンとAMKも非定型抗酸菌症に対する健康保険の適応は認められていない。
 米国ではCAM(500r×2回/日), RFP(600r), EB(最初2か月は25r/s, 以後15r/s), さらに 患者が耐え得れば SM(最初の8週間2〜3回)を加えることを推奨している3)。CAM のか わりにアジスロマイシン (AZM) , RFP のかわりにリファブチン (RBT) を使用してもよいとしているが, これらの薬剤は現在の ところ, わが国では入手できない。
 化学療法は初回治療および悪化時に強力に行う。菌陰性化が9か月〜1年以上も持続すれば, 治療を中止して最初の1年間は慎重 に再排菌の有無を観察する。その後も定期的な観察を持続する。
 少量排菌や間欠排菌の場合は, 胸部X線所見の悪化がなければ化学療法を行わず経過を観察してもよいとの考えもあるが, これ らの例からしばしば悪化・進展がみられるので, 注意深く観察し, 悪化がみられれば強力に治療する。たとえ菌陰性化はしなく とも, 大量排菌が微量化すれば有効と考えてよい。
 菌の陰性化が得られず, 排菌が持続する場合, X線所見で悪化が持続しなければ, 排菌があるというだけで副作用の強い化学 療法を長期に漫然と続けるべきでない。ただし大量排菌の持続する例では, 無効として治療を中止すると, しばしば悪化すること がある。
 外科療法は, @大量排菌が持続しており, AX線所見にしばしば悪化が見られ, B病巣が限局性であり, C比較的若年で肺機能 からみて手術に耐えうるものが適応となる。これらの適応に合致する症例であれば, 術後合併症も少なく, 術後の菌陰性化率も高 い16) とされている。化学療法による菌陰性化は通常6カ月以内のことが多いので, この期間で 菌陰性化が得られず, 上記の条件を満たせば外科療法を考慮する。
 本症には日和見感染の傾向があるので, 宿主の抵抗力の増強に努める必要があり, 栄養の補給, 合併症の治療を行う。発熱,  咳, 痰, 食欲不振などに対する対症療法, 混合感染に対する一般抗菌薬投与も必要である。
 AIDSに合併する播種型の M.avium complex 感染症の治療には, 米国では CAM(500r×2回/日)または AZM (250r-500r/日) , EB(最初2カ月は25r/s, 以後15r/s)に RBT(300r)を加える生涯治療を推奨し, AIDS で CD4 が50以下になった場合 は, CAM(500r×2回/日)あるいは RBT(300r毎日), または AZM(週1回1200r)の単独あるいは RBT と AZM の併用による 予防内服を生涯ないし発病するまで行うことを推奨している3) が, わが国での経験は乏しい。な お CAM 単独の予防内服では発病者の 28-50%が CAM 耐性となるが, RBT, AZM では耐性獲得の頻度が低いとされている。
2)M.kansasii 感染症
 M.kansasii は INH, RFP, TH, CS, EB, CPFX, SPFX, LVFX, CAM, ST 合剤などに感受性があり, INH, RFP, EB の3剤併用が 有効で, ほとんどの症例で菌陰性化を期待しうる17)。 PZA には感受性がない。結核で行われている短期 化学療法も試みられているが, 治療期間は12(〜18)カ月とすることが望ましい。副作用などで TH 使用不能例や RFP 耐性例など ではニュ−キノロン, CAM, サルファメトキサゾ−ル,  ST 合剤をしようする18)〜21)。 米国でも INH(300r), RFP(600r), EB(最初2カ月は25r/s, 以後15r/s)を推奨している。
3)M.szulgai 感染症 M. xenopi 感染症
 これらの菌種には RFP, TH, EB および SM, KM, EVM に感受性を示すものが多く,  RFP, EB , に SM または TH を加えて治療す れば, 菌陰性化を期待しうる22)〜24)
4)M.fortuitum 感染症, M.abscessus 感染症, M.chelonae 感染症
 M.fortuitum には AMK, ニュ−キノロン, テトラサイクリン系薬剤(ミノサイクリン, ドキシサイクリン)に感受性があること があり, これらの薬剤が使用されている25) 26)
 M.abscessus は CAM 以外の経口薬に感受性がなく, AMK, イミペネム, セフォキシチンの注射や症例により外科的切除も試みら れている27)
 M.chelonae は, トブラマイシン, AMK, エリスロマイシン28) 以外に, CPFX にもかなり感受性がある28)
 上記3菌種には CAM も有効といわれている。
5)その他の菌種による感染症
 M.scrofulaceum には感性薬がほとんどないが, そのなかでも比較的有効と思われる KM, RFP, EB または RFP, TH, EVM の組合せ を試みる。
 M.nonchromogenicum には EB, RFP, TH に感受性を示すものがあり, これらを組合せて治療し29) , さらに両感染症ともに CAM も組み合わせる。


脚注1.
 M.kansasii 感染症については, M.kansasii より作られた PPD を用いたツ反応の陽性率が, 多数の人と接触する階層に 高いこと, およびわが国における感染症の発生の状況から, 一定の条件の下ではヒトからヒトへの感染の可能性も否定しえないと の考えかたもある。
脚注2.
 M.avium M.intracellulare は性状が類似しており, これらを一括して M.avium - M.intracellulare complex あるいは M.avium complex (MACと略することもある)とよぶことが多い。


文 献
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日本結核病学会非定型抗酸菌症対策委員会
委 員 長 山本 正彦
委  員 荒井 秀夫  河原   伸  岸 不盡彌  倉島 篤行  近藤 有好
坂谷 光則  佐藤 滋樹   原   耕平  水谷 清二
特別委員 一山   智  喜多 舒彦  久世 文幸  斎藤   肇  下出 久雄

(出典:結核.Vol.73, No.10: 599-605. 1998)

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